2025年8月20日水曜日

返り点「レ」点に関する日本最古の資料か?

 『石川県史』に学んだが、

>「越前の庸木簡は二点あるが、ともに米である。一点は能登郡翼倚里からのもので、庸米六斗と明記している。

 ・「<越前国登能郡翼倚×
 ・「<庸米六斗 和銅六年×(木八〇)
 「登能」はその右横に「レ」が書いてあるが、これは能登と書くべきところを、書き間違えたため字を逆に読むように付けた記号である。したがってこれは能登郡のもので、翼倚は『和名抄』にみえる能登国能登郡与木郷にあたる。能登国は養老二年五月に羽咋・能登・鳳至・珠洲の四郡を越前から分割して立国したものである」

とある。この「レ」点に関心を持つ。俗に「返り点」と呼称される記号である。この木簡は国衙ではなく、郡衙で作成されたと推測される(今泉隆雄説を踏まえて)。

この木簡から判明する情報は、
*能登国において、和銅6年(713年)以前のいずれかの時点で、この木簡に墨書した人物は漢文を返り点をつけて、学習していたこと
である。
管見によれば、レ点に関する日本最古の資料ではないだろうか。

望むらくは、大宰府管内における返り点「レ」の和銅6年(713年)以前の発見である。



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URLhttps://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/6ACCDP22000106
木簡番号12752
本文・越前国登能郡翼倚→(能の右横に転倒符)・庸米六斗○和銅六年
寸法(mm)(103)
23
厚さ3
型式番号039
出典平城宮7-12752(木研26-240頁-(17)・城10-9上(59))
文字説明 
形状上削り、下欠(折れ)、左削り、右削り。
樹種スギ♯
木取り柾目
遺跡名平城宮第一次大極殿院西辺佐紀池南岸
Heijō Palace (Former Imperial Audience Hall, West Side, Southern Shore of Saki Pond)
所在地奈良県奈良市佐紀町
調査主体奈良国立文化財研究所平城宮跡発掘調査部
Department of Heijō Palace Site Investigations, Nara National Research Institute for Cultural Properties
発掘次数92
遺構番号SD3825A
地区名6ACCDP22
内容分類荷札
国郡郷里能登国能登郡与木郷越前国能登郡与木郷
人名 
和暦和銅6年
西暦713(年)
遺構の年代観710-790
木簡説明上端・左右両辺削り、下端折れ。「越前国能登郡翼倚」は、『和名抄』の能登国能登郡与木郷にあたる。「レ」は転倒符(倒置符)で、その早い用例の一つである。転倒符の用例は、長屋王邸(平城京跡左京三条二坊一・二・七・八坪)のSE四七七〇井戸から出土した養老元年(七一七)十二月二十二日の年紀をもつ木簡(『平城京木簡一』六一)や、年不詳六月二十七日の日付をもつ木簡(『平城京木簡一』六二)に認められるほか、中国簡牘や、韓国咸安城山山城出土の六世紀の木簡にも認められる。
DOIhttp://doi.org/10.24484/mokkanko.6ACCDP22000106

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