『石川県史』に学んだが、
>>「越前の庸木簡は二点あるが、ともに米である。一点は能登郡翼倚里からのもので、庸米六斗と明記している。
・「<越前国登能レ郡翼倚×・「<庸米六斗 和銅六年×(木八〇)
「登能」はその右横に「レ」が書いてあるが、これは能登と書くべきところを、書き間違えたため字を逆に読むように付けた記号である。したがってこれは能登郡のもので、翼倚は『和名抄』にみえる能登国能登郡与木郷にあたる。能登国は養老二年五月に羽咋・能登・鳳至・珠洲の四郡を越前から分割して立国したものである」
とある。この「レ」点に関心を持つ。俗に「返り点」と呼称される記号である。この木簡は国衙ではなく、郡衙で作成されたと推測される(今泉隆雄説を踏まえて)。
この木簡から判明する情報は、
*能登国において、和銅6年(713年)以前のいずれかの時点で、この木簡に墨書した人物は漢文を返り点をつけて、学習していたこと
である。
管見によれば、レ点に関する日本最古の資料ではないだろうか。
望むらくは、大宰府管内における返り点「レ」の和銅6年(713年)以前の発見である。
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URL | https://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/6ACCDP22000106 | |
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木簡番号 | 12752 | |
本文 | ・越前国登能郡翼倚→(能の右横に転倒符)・庸米六斗○和銅六年 | |
寸法(mm) | 縦 | (103) |
横 | 23 | |
厚さ | 3 | |
型式番号 | 039 | |
出典 | 平城宮7-12752(木研26-240頁-(17)・![]() | |
文字説明 | ||
形状 | 上削り、下欠(折れ)、左削り、右削り。 | |
樹種 | スギ♯ | |
木取り | 柾目 | |
遺跡名 | 平城宮第一次大極殿院西辺佐紀池南岸 Heijō Palace (Former Imperial Audience Hall, West Side, Southern Shore of Saki Pond) | |
所在地 | 奈良県奈良市佐紀町 | |
調査主体 | 奈良国立文化財研究所平城宮跡発掘調査部 Department of Heijō Palace Site Investigations, Nara National Research Institute for Cultural Properties | |
発掘次数 | 92 | |
遺構番号 | SD3825A | |
地区名 | 6ACCDP22 | |
内容分類 | 荷札 | |
国郡郷里 | 能登国能登郡与木郷〈越前国能登郡与木郷〉 | |
人名 | ||
和暦 | 和銅6年 | |
西暦 | 713(年) | |
遺構の年代観 | 710-790 | |
木簡説明 | 上端・左右両辺削り、下端折れ。「越前国能登郡翼倚」は、『和名抄』の能登国能登郡与木郷にあたる。「レ」は転倒符(倒置符)で、その早い用例の一つである。転倒符の用例は、長屋王邸(平城京跡左京三条二坊一・二・七・八坪)のSE四七七〇井戸から出土した養老元年(七一七)十二月二十二日の年紀をもつ木簡(『平城京木簡一』六一)や、年不詳六月二十七日の日付をもつ木簡(『平城京木簡一』六二)に認められるほか、中国簡牘や、韓国咸安城山山城出土の六世紀の木簡にも認められる。 | |
DOI | http://doi.org/10.24484/mokkanko.6ACCDP22000106 |
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