「写書所解案」(続々修 18 ノ6②、〈15) 14 ノ 391 )
写書所解 申請雑材事
梁四枝 桁六枝丸 柱十枝小 古麻比木四□
右、為作室温 、所請如件、
四年潤四月十三日上
「経所解案」(続々修 18 ノ6②(15)、 14 ノ 391 ~ 392 )
経所解 申請釘事
合陸拾捌隻各長四寸
卅二隻平頭各長四寸 卅八隻打合各長
右、為打温船二隻、所請如件
天平宝字四年潤四月廾三日領上
小治 」
この「室温」は確かに湯屋を想起させるが、それに付随してサウナも併設されていたと考える
「写書所解案」(続々修 18 ノ6②、〈15) 14 ノ 391 )
写書所解 申請雑材事
梁四枝 桁六枝丸 柱十枝小 古麻比木四□
右、為作室温 、所請如件、
四年潤四月十三日上
「経所解案」(続々修 18 ノ6②(15)、 14 ノ 391 ~ 392 )
経所解 申請釘事
合陸拾捌隻各長四寸
卅二隻平頭各長四寸 卅八隻打合各長
右、為打温船二隻、所請如件
天平宝字四年潤四月廾三日領上
小治 」
この「室温」は確かに湯屋を想起させるが、それに付随してサウナも併設されていたと考える
荷札木簡「芳宜評」の読みに関して、
*「ハガ」なのか「ハギ」なのか
という両論があるという。
そもそも下野国には『和名類聚抄』によれば、足利郡・梁田郡・安蘇郡・都賀郡・寒川郡・河内郡・芳賀郡・塩谷郡・那須郡の9郡があり、足利郡には4郷・梁田郡に2郷・安蘇郡には4郷・都賀郡には10郷・寒川郡には3郷・河内郡には10郷・芳賀郡には14郷・塩谷郡には4郷・那須郡には11郷の62郷が所在していた。
とはいえ、『倭名類聚抄』20巻本に、下野国芳賀郷とあるので、
*「芳宜=芳賀」
という等式を設定し、「芳賀=ハガ」として、「芳宜=ハガ」だと結論付ける。
ところで、東大寺の造営・付属施設の建設、写経事業などを担った巨大な官営工房である造東大寺司は、天平20年(748)に設置されました。この官司が発給した文書が「造東寺司牒」である。この中で天平勝宝7年(755)4月21日付の「造東大寺司請経牒」が現存している。この文書は造東大寺司が230巻の経巻を興福寺に引き渡し、勘経(経文の校合)を依頼したものである。その「造東大寺司請経牒」は、経典の受け渡しや校合(勘経)の依頼、造営に必要な物資・人員の調達、寺領(封戸)に関する指示、各寺院・官司への業務分担の通知などを内容とする。注目するのは、天平勝宝4年(752)10月25日付けの封戸として、
*芳賀郡石田郷五十戸/足利郡土師郷五十戸/梁田郡深川郷五十戸/都賀郡高栗郷五十戸/塩谷郡片岡郷五十戸
とあり、「芳賀」の漢字は確認できる。
カールグレン(Bernhard Karlgren)の上古音体系では、
要点:「賀」と「宜」とはまったく別の音価に復元されており、同じ系列には属さない
と判明する。
まず、「賀」のカールグレン上古音は次のとおりである。
• 賀(中古音:匣母・麻韻・去声 haH)
• カールグレン上古音:gâ(去声は -s を付加 → gâ-s)
特徴
• 声母:有声軟口蓋音 g-
• 主母音:低母音 â
• 調類:去声 → 上古では語尾 -s を付加
次に「宜」のカールグレン上古音は次のとおりである。
• 宜(中古音:疑母・支韻・平声 ngje 系)
• カールグレン上古音:ngjər(文献により ngjie 系の表記もあり)
特徴
• 声母:鼻音の軟口蓋音 ng-
• 主母音:前寄りの iə / jə 系
• 調類:平声 → 語尾なし
したがって、両者を比較すれば、次の差が認められる。
• 声母が異なる
• 賀:有声破裂音 g-ーー 宜:鼻音 ng-
• 韻母が異なる: 賀:低母音 âーー宜:上昇二重母音 iə / jə 系
• 調類が異なる: 賀:去声 → -s ーー 宜:平声 → 無終子音
要するに、カールグレン体系では「賀gâ」と「宜ngjər」は音韻的に全く別の系列に属すと考えるべきである。
結論として、「芳宜(評)」は「ハギ」と読むと考えるのが私の仮説である。
<資料>
| 下野国 | 芳賀郡 | 芳賀郡 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 古家 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 広妹 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 遠妹 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 物部 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 芳賀 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 若続 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 承舎 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 石田 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 氏家 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 丈部 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 財部 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 川口 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 真壁 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 新田 |
<資料>
詳細
| URL | https://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/MK005084000059 | |
|---|---|---|
| 木簡番号 | 0 | |
| 本文 | 下毛野国芳宜評□ | |
| 寸法(mm) | 縦 | (134) |
| 横 | (10) | |
| 厚さ | 4 | |
| 型式番号 | 081 | |
| 出典 | 荷札集成-114(木研5-84頁-(59)・奈良県『藤原宮』-119) | |
| 文字説明 | ||
| 形状 | 下削り、上欠(折れ)、左欠(割れ)、右欠(割れ)。 | |
| 樹種 | 檜 | |
| 木取り | 柾目 | |
| 遺跡名 | 藤原宮北辺地区 | |
| 所在地 | 奈良県橿原市醍醐・高殿町 | |
| 調査主体 | 奈良県教育委員会 | |
| 発掘次数 | ||
| 遺構番号 | SD145 | |
| 地区名 | FG26-A | |
| 内容分類 | 荷札 | |
| 国郡郷里 | 下野国芳賀郡〈下毛野国芳宜評〉 | |
| 人名 | ||
| 和暦 | ||
| 西暦 | ||
| 遺構の年代観 | ||
| 木簡説明 | ||
| DOI | ||
■研究文献情報
<資料>
| 下野国 | 足利郡 | 足利郡 | |
| 下野国 | 足利郡 | 大窪 | |
| 下野国 | 足利郡 | 田部 | |
| 下野国 | 足利郡 | 堤田 | |
| 下野国 | 足利郡 | 土師 | |
| 下野国 | 足利郡 | 余戸 | |
| 下野国 | 足利郡 | 駅家 | |
| 下野国 | 梁田郡 | 梁田郡 | |
| 下野国 | 梁田郡 | 大宅 | |
| 下野国 | 梁田郡 | 深川 | |
| 下野国 | 梁田郡 | 余戸 | |
| 下野国 | 安蘇郡 | 安蘇郡 | |
| 下野国 | 安蘇郡 | 安蘇 | |
| 下野国 | 安蘇郡 | 説多 | |
| 下野国 | 安蘇郡 | 意部 | |
| 下野国 | 安蘇郡 | 麻続 | |
| 下野国 | 都賀郡 | 都賀郡 | |
| 下野国 | 都賀郡 | 布多 | |
| 下野国 | 都賀郡 | 高家 | |
| 下野国 | 都賀郡 | 山後 | |
| 下野国 | 都賀郡 | 山人 | |
| 下野国 | 都賀郡 | 田後 | |
| 下野国 | 都賀郡 | 生馬 | |
| 下野国 | 都賀郡 | 秀文 | |
| 下野国 | 都賀郡 | 高栗 | |
| 下野国 | 都賀郡 | 小山 | |
| 下野国 | 都賀郡 | 三島 | |
| 下野国 | 都賀郡 | 駅家 | |
| 下野国 | 寒川郡 | 寒川郡 | |
| 下野国 | 寒川郡 | 真木 | |
| 下野国 | 寒川郡 | 池辺 | |
| 下野国 | 寒川郡 | 努宜 | |
| 下野国 | 河内郡 | 河内郡 | |
| 下野国 | 河内郡 | 丈部 | |
| 下野国 | 河内郡 | 刑部 | |
| 下野国 | 河内郡 | 大続 | |
| 下野国 | 河内郡 | 酒部 | |
| 下野国 | 河内郡 | 三川 | |
| 下野国 | 河内郡 | 財部 | |
| 下野国 | 河内郡 | 真壁 | |
| 下野国 | 河内郡 | 軽部 | |
| 下野国 | 河内郡 | 池辺 | |
| 下野国 | 河内郡 | 衣川 | |
| 下野国 | 河内郡 | 駅家 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 芳賀郡 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 古家 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 広妹 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 遠妹 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 物部 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 芳賀 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 若続 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 承舎 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 石田 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 氏家 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 丈部 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 財部 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 川口 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 真壁 | |
| 下野国 | 芳賀郡 | 新田 | |
| 下野国 | 塩屋郡 | 塩屋郡 | |
| 下野国 | 塩屋郡 | 山上 | |
| 下野国 | 塩屋郡 | 片岡 | |
| 下野国 | 塩屋郡 | 阿会 | |
| 下野国 | 塩屋郡 | 散伎 | |
| 下野国 | 塩屋郡 | 山下 | |
| 下野国 | 塩屋郡 | 余戸 | |
| 下野国 | 那須郡 | 那須郡 | |
| 下野国 | 那須郡 | 那須 | |
| 下野国 | 那須郡 | 大笥 | |
| 下野国 | 那須郡 | 熊田 | |
| 下野国 | 那須郡 | 方田 | |
| 下野国 | 那須郡 | 山田 | |
| 下野国 | 那須郡 | 大野 | |
| 下野国 | 那須郡 | 茂武 | |
| 下野国 | 那須郡 | 三和 | |
| 下野国 | 那須郡 | 全倉 | |
| 下野国 | 那須郡 | 大井 | |
| 下野国 | 那須郡 | 石上 | |
| 下野国 | 那須郡 | 黒川 |
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犬飼隆氏の「有韻尾字による固有名詞の表記」『木簡研究』第11号、1989年、156~169頁によると、 「伊看我評」の読み関する議論があったという。
*「イカガ」(直木孝次郎説)か「イカルガ」(東野治之・工 藤力男説)のいずれの読みが妥当か?
東野・工 藤両氏のみならず犬飼隆氏も「イカルガ」説に賛同している。それは正しい解答であろうか。
いつものように、
Bernhard Karlgrenの上古音再構では
「看」= kʰan-s ( 声母は kʰ-、韻は -an、去声は -s )
である。もう少し詳述すれば、「看」は
①切韻
② 溪母・寒韻・去声 に属す
③声母:kʰ-(無声 aspirated 軟口蓋破裂音)
④韻:-an(寒部)
⑤声調:去声(上古では -s 付加)
したがって、カールグレンの上古音は一般に「kʰan-s」となる。なおこのカールグレン上古音推定は、中古音で kʰanH(去声)であるので、これとも矛盾しない。
ちなみに
*Baxter–Sagart (2014):kʰˤan-s
*Zhengzhang Shangfang (鄭張尚芳):kʰan-s
*李方桂:kʰan-s
であるので、4者は一致する。
中古音の声母・韻尾をよく保存している漢越音は
*看 → khán(去声 → sắc)
と復元でき、同じ中古音層を借用した古代韓国語は、
+간 kan
である。
犬飼氏が的確に指摘している通り、
*「ツルガの「敦賀」、ハリマの「播磨」、ヘ グリの「平群」など
の例に見る「韻尾 N」の「R音」化はその傍証となるだろうか。
例えば、「播磨」の「播」である。
Bernhard Karlgrenは、漢字「播」の上古音(Archaic Chinese)を *pʷâ と復元している。つまり、
*声母:pʷ-(唇音+円唇化)
*韻母:-â(開音節の低母音)
*入声などの終子音なし(平声字扱い)
カールグレンによると、「播」の中古音(広韻系)pa 系であり、円唇化した唇音をもつ形として再構した。
なお、William H. BaxterとLaurent Sagartによる Baxter–Sagart(2014)上古音体系では、
「播」の上古音:*pˤaj-s
つまり、
*p-:無声両唇破裂音(幫母系)
*ˤ:咽頭化(いわゆる type A 音節)
*-aj:主母音 a に終音 -j を伴う韻
*-s:接尾辞 -s(古代の去声形成接辞)
中古音では「播」は去声(博箇切)
『広韻』反切:博箇切
『広韻』声母:幫母(p-)
『広韻』韻部:戈韻
等呼:一等
声調:去声
一般的な現代的中古音再構:paH(H は去声を示す符号、上古 -s 由来)
さらにWilliam.Baxter 1992 では、去声を -H で表記して
*上古音:*paH
幫母=単純な p-
韻母は -a
去声は -H
Laurent Sagart+William H. Baxter(2014)では、
**pˤaj-s
p-:幫母
ˤ:咽頭化(A型音節)
-aj:主母音+滑音
-s:去声形成接尾辞
であるとする。
長母音 -aː-
去声由来の -s
円唇化は認めない
■詳細
| URL | https://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/6AJLDB64000103 | |
|---|---|---|
| 木簡番号 | 1727 | |
| 本文 | ・伊看我評・芎窮八斤 | |
| 寸法(mm) | 縦 | 90 |
| 横 | 24 | |
| 厚さ | 4 | |
| 型式番号 | 032 | |
| 出典 | 藤原宮4-1727(荷札集成-148・木研11-33頁-2(5)・ | |
| 文字説明 | ||
| 形状 | 上削り、左削り、右削り。下端切断後表裏から面取り。 | |
| 樹種 | ヒノキ科# | |
| 木取り | 板目 | |
| 遺跡名 | 藤原宮跡西面南門地区 Fujiwara Palace Site (West Side of the South Gate Sector) | |
| 所在地 | 奈良県橿原市四分町 | |
| 調査主体 | 奈良国立文化財研究所飛鳥藤原宮跡発掘調査部 Department of Asuka and Fujiwara Palace Sites Investigations, Nara National Research Institute for Cultural Properties | |
| 発掘次数 | 藤原宮第58-1次 | |
| 遺構番号 | SD1400 | |
| 地区名 | 6AJLDB64 | |
| 内容分類 | 荷札 | |
| 国郡郷里 | 丹波国何鹿郡〈伊看我評〉 | |
| 人名 | ||
| 和暦 | ||
| 西暦 | ||
| 遺構の年代観 | 694-710 | |
| 木簡説明 | 上端・左右両辺削り、下端切断の後表裏から面取り。「伊看我評」は、『和名抄』の丹波国何鹿郡にあたる。「芎窮(キュウキュウ)」は、川芎(センキュウ)ともいい、セリ科の多年草センキュウの根茎に比定される。『本草集注』草木中品、『本草和名』草上・『医心方』に「於无奈加都良久佐」、内閣文庫本『延喜式』典薬寮に「オウナカツラクサ」(3中宮朧月御薬条)とみえ、『延喜式』典薬寮に、丹波など十二箇国の年料雑薬としてみえる(78丹波年料雑薬条など)。 | |
| DOI | http://doi.org/10.24484/mokkanko.6AJLDB64000103 | |
■研究文献情報
詳細
| URL | https://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/6AJLDA64000101 | |
|---|---|---|
| 木簡番号 | 1728 | |
| 本文 | ・伊看我評・当帰五斤 | |
| 寸法(mm) | 縦 | 94 |
| 横 | 23 | |
| 厚さ | 4 | |
| 型式番号 | 032 | |
| 出典 | 藤原宮4-1728(荷札集成-149・ | |
| 文字説明 | ||
| 形状 | 下削り、左削り、右削り、上端切断の上表裏ともに面取りする。下端左右両角を削り落とす。 | |
| 樹種 | ヒノキ科# | |
| 木取り | 板目 | |
| 遺跡名 | 藤原宮跡西面南門地区 Fujiwara Palace Site (West Side of the South Gate Sector) | |
| 所在地 | 奈良県橿原市四分町 | |
| 調査主体 | 奈良国立文化財研究所飛鳥藤原宮跡発掘調査部 Department of Asuka and Fujiwara Palace Sites Investigations, Nara National Research Institute for Cultural Properties | |
| 発掘次数 | 藤原宮第58-1次 | |
| 遺構番号 | SD1400 | |
| 地区名 | 6AJLDA64 | |
| 内容分類 | 荷札 | |
| 国郡郷里 | 丹波国何鹿郡〈伊看我評〉 | |
| 人名 | ||
| 和暦 | ||
| 西暦 | ||
| 遺構の年代観 | 694-710 | |
| 木簡説明 | 上端切断の後表裏から面取り、下端・左右両辺削り。「当帰(トウキ)」は、セリ科の多年草トウキ(和名カラトウキ)の根に比定される。『本草集注』草木中品、『本草和名』草中に「也末世利、宇末世利、加波佐久」、『医心方』に「宇末世利、也末世利、於保世利、加波佐久」とみえる。『延喜式』典薬寮に、丹波国が当帰を貢納する規定はみえないが(78丹波年料雑薬条)、隣国の但馬国に「当帰十斤」の規定があるなど十七箇国の年料雑薬としてみえる(80但馬年料雑薬条など)。奈良県飛鳥京跡苑池遺構から「当帰二両」(奈良県立橿原考古学研究所『史跡・名勝飛鳥京跡苑池(一)』五一号)と記した木簡が出土している。 | |
| DOI | http://doi.org/10.24484/mokkanko.6AJLDA64000101 | |
■研究文献情報