議論の前提:陸奥国「磐城・行方・牡鹿・黒川・名取」の5郡は、相互に孤立した郡ではなく、城柵(多賀城)・国府文書体系・蝦夷支配・軍団制・移民政策・飢饉・疫病・地震等の非常時対応などを軸に郡司同士が連動する「国府媒介型広域行政ネットワーク」を形成していた。つまり、 国府を介した 在地豪族(郡司)同士の連携が不可欠であったからである。
論文要旨:従来、律令国家における広域支配は、官道・駅伝・城柵・軍団など、人員・物資の移動を中心として理解されてきた。しかし、これらの制度を実際に機能させた基盤は、各郡から国府へ継続的に提出された正税帳・計帳・郡稲帳・郡司解などの行政文書であった。国府はこれらを集約・照合・保管し、国全体の財政・人口・軍事・物流・災害情報を一元的に把握していたのである。すなわち、律令国家の広域支配は、道路網や駅伝網だけでなく、文書の作成・提出・保管・再配分によって形成された情報ネットワーク・データバンクの上に成り立っていたと考えられる。
以下は、その主なFramework。長文の論文は読まれることはないと予想するので、それは別掲する。
<1> 5郡の地理的配置と機能(ネットワークの前提)
分析視点:陸奥国の太平洋側に連なる5郡は、多賀城(国府)を中心に、国府を介した放射状・機能分担型広域行政ネットワークを結んでいた。
<1> 多賀城を中核とする五郡の機能分担
多賀城(国府・鎮守府)は、陸奥国の政治・軍事・財政・情報の中枢として機能した。その広域支配を支えたのが、磐城・行方・牡鹿・黒川・名取の五郡であり、それぞれが異なる行政機能を担いながら、国府を中心とする一体的な広域行政ネットワークを形成していたと考えられる。
(1)磐城郡 ― 南部軍事・境界情報の拠点
国府への主な機能
- 陸奥国南端における軍事防衛
- 東海道北端としての陸上交通管理
- 関東系移民の受け入れ・統括
- 軍団兵・軍事物資の供給
- 南部境界情報の国府への報告
→ 軍事・移民・境界情報を担う前線郡
(2)行方郡 ― 海上交通・物流の拠点
国府への主な機能
- 常陸・磐城・多賀城を結ぶ海浜交通
- 海上交通路の維持・監視
- 製塩・海産物の供給
- 調物の海上輸送
→ 海上物流・海浜交通を担う郡
(3)牡鹿郡 ― 北方海域との接点
国府への主な機能
- 三陸沿岸航路の管理
- 海獣・魚類など海産資源の供給
- 蝦夷海上勢力との接触・情報収集
- 北方海域情報の集約
→ 北方海域との情報・物流拠点
(4)黒川郡 ― 内陸交通・兵站の拠点
国府への主な機能
- 玉造・加美・大崎方面への交通結節点
- 内陸物資の集積・中継
- 軍団兵の供給
- 北方城柵への兵站基地
- 在地勢力との調整
→ 内陸物流・兵站・交通の中核郡
(5)名取郡 ― 国府直轄行政の基盤
国府への主な機能
- 多賀城の日常行政支援
- 徭役・調庸・物資供給
- 国府官人への人的・物的支援
- 国府直轄地としての行政運営
→ 国府行政を支えるバックヤード
以上のような機能分担は、各郡が独立して遂行したものではない。各郡で生み出された軍事・財政・人口・物流・海上交通などの情報は、郡司解・正税帳・計帳・郡稲帳などの行政文書として国府へ集約され、国府はそれらを照合・管理することによって国全体の行政を統括していた。したがって、五郡を結び付けていた実体は、道路や駅伝だけではなく、文書の作成・提出・保管・再配分によって形成された広域行政情報ネットワークであったと考えられる。
<2> 郡司ネットワークの構造的研究
① 軍事ネットワーク(蝦夷支配・軍団制)
磐城・黒川は 軍団兵士制の主力供給郡
名取は 鎮守府(多賀城)への兵士・物資供給
行方・牡鹿は 海上監視・蝦夷海上勢力の情報収集
天平5柵などをはじめとする蝦夷対策用城柵などの武器調達・兵士の軍事訓練
→ 郡司は多賀城を介して軍事情報を相互に共有し、蝦夷境界の監視を分担した。
② 行政ネットワーク(城柵・国府文書体系)
多賀城官衙は 郡司文書の集約拠点
名取郡司は国府と最も密接に連動
黒川・行方・牡鹿は 城柵官衙(名生館・赤井) と連動
磐城郡司は南方の蝦夷境界情報を国府へ送達
→ 郡司は国府文書体系を媒介として、各郡の行政情報は相互に結び付けられ、郡境を越えた行政情報ネットワークを形成した。
③ 移民ネットワーク(部民制・屯倉制の残存)
7世紀後半〜8世紀前半、関東・畿内からの移民集団が各郡に配置され、郡司は移民集団の管理を通じて互いに連動した。同時に、古代のエミシ移配政策とその展開
例:
磐城=東国系移民
名取=畿内系移民(存擬)
黒川=古墳時代以来の在地勢力
行方・牡鹿=漁労系集団
→ 郡司は移民集団の管理を担い、加えて移民の保護や支援、夷俘と移民との間に予想されるトラブル防止など、国府を中心とする人口管理体制が形成された可能性がある。
④ 正税倉を中心とした物資供給ネットワーク(調庸・蝦夷饗給)
名取:国府への調庸物の中心
行方・牡鹿:海産物(調物)
黒川:内陸物資(木材・雑物)
磐城:軍事物資(干魚・布・馬)
→ 国府を介して、正倉を中心に集積・再配分各郡の物資が集積・再配分され、国府の財政を支える「広域物流ネットワーク」を形成した。
<3> 郡司ネットワークの「通信・情報伝達」モデル
① 斥候(蝦夷監視)
郡司は蝦夷の動向を互いに共有し、国司の「斥候」権限を補助した。
② 継文(文書の連絡)
郡司は木簡・継文を用いて、郡境を越えた情報伝達を行った(正倉院文書)。
③ 国府への報告
国司・国衙官人が中心となり、他郡の情報を国府へ集約して送達した。
④駅鈴・駅馬
<4>まとめに代えて: 多賀城を中核とする広域支配システム
多賀城は 郡司ネットワークのハブであり、郡司は以下の機能を通じて国府と連携した。
軍事(鎮守府)
財政(調庸・出挙)
行政(郡司解・計帳・正税帳・郡稲帳などの文書行政、飢饉・疫病・地震等の非常時対応)
交通(駅伝制)
蝦夷支配(饗給・斥候・征討)
情報ネットワーク:木簡・郡司解・駅伝・急使
→ 郡司ネットワークは「多賀城を中心とした広域支配圏」であった。