正税帳研究の「一歩先」を考える
――中央官衙の文書処理と、失われた行政記録をめぐる作業仮説――
1)はじめに
従来の正税帳研究史を振り返ると、その研究の主軸は「正税帳そのもの」であった。
すなわち、
- なぜ正税帳を作成したのか
- どのような情報が記載されているのか
- どのような会計構造を持っているのか
- 地方官衙ではどのような業務を経て正税帳が作られたのか
- 正税帳は中央政府に対して何を説明しようとしたのか
という課題を多くの専門家が取り組んだ。その過程を経て、正税帳を単なる「地方から中央への報告書」と見る理解から離れ、我々は、これを、
地方官衙で発生した多様な現実を、中央政府が理解・照合・判断できる行政情報へ変換する「情報インターフェース」
として捉える独自の作業仮説を提出した。これに対する検証は終わっていないものの、我々の観点を支えるのは、次のような分析視点である。なるほど正税帳には、単なる数字の集計だけではなく、身死による免稲、不用馬の売却、酒・滓、雑用、運夫粮料、倉庫の状況など、地方行政の現場で発生する多様な問題が記載されている。だからこそ、正税帳は、
地方行政の現場で発生した「制度では予定しきれない現実」を、数量・分類・会計・法的カテゴリーへ変換し、中央に対して説明可能にする装置
であった可能性の存在である。それを踏まえて、我々の考察をさらに先に進めるならば、新たな問題に直面する。換言すれば、
「正税帳が中央へ上進された」
ところで終わらず、むしろ、
「中央は、上進された正税帳をその後どう処理したのか」
という課題である。律令に規定されているから上進された正税帳であった。それはまちがいない。しかしながらその正税帳の行きつく先で、その正税帳がどのように取り扱われたかを解明しなくては、律令制の本質の片面を見落としていないだろうか。本稿は、その立場の表明に重点を置くことにある。
2) 「上進」で正税帳の仕事は終わったのか
従来の史料の見方では、概略的には、
地方官衙
↓
正税帳作成
↓
中央へ上進
という一方向の流れを想定する。しかしながら、現実の行政実務を考えると、この理解には大きな空白がある。中央政府には、全国約60か国から大量の文書が届く。自然な理解として、送達先の中央官衙の官人らが、単に「受け取りました」と言って、受領印を押して、それぞれの帳簿をそのまま文書保管所に置いたままにしたとは考えにくい。
当然、
- 受け取ったか
- どの国の文書か
- 何年度のものか
- 必要な帳簿が揃っているか
- 数字に矛盾がないか
- 他の報告と一致しているか
- 異常な数値はないか
- 説明を必要とする事項はないか
- 地方に問い合わせる必要があるか
- 既に処理が終了したか
といった行政上の仕事が発生する。したがって、正税帳の上進は行政過程の「執着点」ではなく、
中央官衙における新しい行政処理の「起点」
であったと想定しても、何も不合理ではないはずである。
3) 「中央で何をしたのか」という問い
ここで、我々の想定が妥当だとすれば、次の発想を許していただけるだろう。それは、
「もし正税帳が中央官衙に送達された時点から、実際に文書処理が進行するにつれて、どんな文書が新たに作成されたのか」
を、今後予測することで、我々の視野は大きく拡大するに違いない。これは、「こんな文書があったはずだ」と勝手に想像することとは違う。重要なのは。
行政業務から必要文書を逆算する
という発想の逆転である。たとえば、現代の行政組織と比較しただけでも。最低でも
①大量の書類が届けば、受領記録の必要が生じる。
②処理すべき案件が多数あれば、一覧表の必要が生じる。
③問題を発見すれば、問題点を記録する必要が生じる。
④相手に訂正を求めれば、その指示を残す必要が生じる。
⑤回答が届けば、それを受領したことを確認する必要がある。
⑥再確認すれば、その処理結果を記録する必要がある。
⑦未処理の案件があれば、それを次の担当者へ引き継ぐ必要がある。
の事務手続きがスタートして、行政が実際に動けば、その動きしたがって、何らかの文書的痕跡が伴うことは、だれしも、どこでも、いつでも容易に想起できる。この発想が本稿の主軸にある。
4) 予測される「文書の連鎖」
中央各官衙が正税帳を実際に処理した時点から、一冊の帳簿だけではなく、複数の文書・記録が連鎖することは言うまでもない。その第一段階として、次の十種類のプロセスを容易に推定できるだろう。
1 受領の痕跡
地方から正税帳が「到達」した瞬間、その担当官衙内部では ①収受(到達確認)→②文書管理簿登載→③形式審査→④実質審査開始 という4段階の事務処理が即時にスタートしたに違いない。具体的には、
- 何国から
- 何年度の
- 何という帳簿が
- いつ到着したか
を記録する何らかの受領記録作成を必要となっただろう、文書管理簿への記載(差出人・件名・到達日・経由機関名)⇒文書余白への収受印押印もしくは署名⇒一時保管用文書番号付与は最低限でも存在したと推定するのは、たとえ単純な「受付簿」であったにせよ、その膨大な数量の帳簿整理なくして、次の形式審査に迎えるはずがない。我々にとって重要なのは名称ではなく、
「中央各官衙が、その文書を受け取ったことを管理していた痕跡」
である。今、長屋王邸から出土した無数の木簡から類推して、それは紙媒体ではなく、木片であった可能性も十分に想定しておくべきだろう。
2 進上文書の目録
さらに大量の文書を処理するためには、
「どの国から、どの文書が提出されたか」
を一覧化する必要があったと考えて、不自然ではない。そうであれば、
進上文書目録
の存在を仮説として提案したい。これは何も正税帳だけの一覧表とは限らない。『出雲国計会帳』から判断して、
各国から送達された租税関係、戸籍・計帳、考課、貢進物、その他の解・牒・符など
をまとめた中央側の文書管理記録であった。強調したいのは、我々が探すべきものは必ずしも「正税帳目録」ではない。
「中央に集まってくる地方文書を管理する仕組み」
そのものである。
5)中央による点検・審査
正税帳が保存書庫に直送される単なる保存用の文書ではなく、行政上の認識を成立させるための情報インターフェースであったならば、中央官衙側では当然に、形式書類審査の項目として典型である
- 様式の適合性(最新様式か)
- 記載漏れ・押印漏れ
- 添付書類の有無
- 前年度との比較
- 国・郡別の合計
- 他帳簿との一致
- 法令上の提出要件(期限など)
- 誤送付・誤分類の有無
などを審査したはずである。形式不備がある場合は補正指示を行い、補正後に「受理」へ進む。ここでは「中央官衙がすべてを精査した」と即断してはならない。むしろ重要なのは、
中央が何を、どの程度、どの方法で確認したのか
という認識である。
6) 疑義事項のメモ
ここから、さらに興味深い問題が出てくる。
もし審査・点検によって、
「この数字は何か」
「なぜこの支出が発生しているのか」
「この減少は何によるのか」
「この免除は認められるのか」
「この数量の計算は正しいのか」
という疑問が生じたなら、中央官僚はそれを記憶だけで処理できない。まずは補正指示(返戻)の内容は
不備の具体的指摘(例:添付書類不足、記載漏れ)
補正すべき箇所の明示
補正方法(再提出・追加資料提出・訂正印など)
補正期限の設定(行政手続法 §7 に基づく)
などが推定されるが、その瞬間に
疑義事項を記録する何らかのメモ、控え、一覧、付箋的記録
が存在しただろう。ここでも、必ずしも「正式な文書」である必要はない。木簡、紙片、帳簿の余白、控え、付札など、極めて簡便な作業記録だった可能性も十分に想定できる。この手続きは、「作業原簿」の観点に立てば、地方官衙でも適用された仕組みであろう。例えば、
中央官衙にも「作業記録」が存在したのではないか。
という見込みである。他方で、到達後に直ちに行われる管理処理として、
文書の分類(行政文書ファイルへの編入)
保存期間の設定(1年〜30年、または永久)
保存期間満了後の移管・廃棄の予定設定(レコードスケジュール)
など、「書類審査」とは別系統の、一般的な文書管理体系の自動起動である。
7) 地方への指示
疑義が発生すれば、次の段階は地方への問い合わせ・指示である。例えば尾張国正税帳に不備が発見されたと仮定すれば、
中央各官衙は、
「この部分について説明せよ」=不備の具体的指示
「数字を再確認せよ」
「誤りがあるので訂正せよ」
「必要な根拠資料を添付・提出せよ」
「補訂期限の設定」
などの補正指示(返戻)を尾張国司に送ったはずである。ここで注意すべきは、
「正税帳に不備がある」
ということと、
「その不備を中央がどう処理したか」
は別問題だということである。これまでの研究史をたどると、前者に重きを置いて検討を重ねてきた傾向は否めない。その視点を逆な方向へも向けたいと提唱したい。
8) 地方からの回答・再上進
中央から指示が出れば、地方はそれに回答する。したがって、
地方 → 中央
という一方向の通信ではなく、
地方
↓
正税帳上進
↓
中央点検
↓
疑義
↓
中央指示
↓
地方回答
↓
再上進
という循環型の行政通信が想定される。この構造が確認できれば、我々がこれまで構想してきた「通信モデル」は、単なる比喩ではなく、古代行政の実務構造を説明するモデルへ一歩近づく。単に回答が到着しただけでは、行政処理は完了したといえない。
中央は、
「指示した事項について補正期限内に回答があったか」
を確認し、
「回答によって疑義が解消されたか」
を再確認する必要がある。ここに、
再点検・再確認
という行政行為を想定できる。もしこのような過程が存在したなら、正税帳は一度提出して終わる「報告書」ではない。むしろ、
地方と中央との間で、情報を何度も往復させながら行政上の認識を成立させる媒体
だったことになる。
9) 処理完了の記録
さらに、中央では、収受印が正式に確定し、標準処理期間が再起動し、内容審査(実質審査)が開始し、さらに決裁ルートへ起案可能となる。そのレベルに達した後、
「この案件は処理済みである」
という状態管理が必要になる。全国から多数の文書が届く以上、
- 未処理
- 処理中
- 回答待ち
- 再確認中
- 処理完了
といった状態を何らかの形で管理していた可能性がある。
ここで想定されるのが、
「処理完了記録」(仮称)
である。もちろん、そのような名称の帳簿が存在したと断定することはできないし、管見の限りではいまだ発見に至っていない。しかし、
行政処理が存在したなら、処理状態を管理する何らかの仕組みが必要だったのではないか
という疑問いは残る。
10) 未処理案件の持越し
これは、さらに現実的な問題である。すべての案件が一日、一月、一年のうちに処理されるとは限らない。
自然災害などが理由で遅れることもある。
担当者が交代することもある。
中央で判断を要する案件もある。
したがって、
「まだ処理が終わっていない案件」
を次の担当者・次の処理期間へ持ち越すための記録が存在した可能性もある。もしこのような記録があれば、それは古代国家行政の意外に高度な側面を示すことになる。すなわち、古代官僚制は単に文書を「作成」していたのではなく、
案件を発生させ、処理し、保留し、再開し、完了させる「ワークフロー」を管理していた
という側面に気づくはずである。
11) 処理済み文書の廃棄・再利用
そして最後に、本稿の目的に立ち返るならば、中央で行政処理が完了した文書は、その後どうなったのかという疑問を呈したい。我々が三つの可能性を区別したい。
A 重要文書として保存された
中央政府が、「重要である」と判断して長期間保存の指示。
B 行政上の必要性がなくなり、廃棄された
処理が完了し、もはや行政上の利用価値を失ったため、廃棄の指示。
C 別用途に再利用された
不要となった文書が、紙そのものの価値によって別の官衙・写経所などで再利用の指示。
改めて言及するまでもないが、現在、我々の手に残されている正倉院文書の性格を再考してはどうだろうか。
12)「残った史料」から「失われた史料」へ
それゆえに、本稿では別な角度から発想したアイディアを提出したい。周知のごとく我々が見る正税帳は、奈良時代に作成された正税帳の全体ではない。むしろ、
作成された大量の正税帳のうち、何らかの文書のライフサイクルを経て、現在まで残ったものだけ
である。したがって、これまでのように「なぜこの正税帳が残ったのか」という問いだけでは不十分である。その一方先に立ち、
「なぜ、ほとんどの正税帳は残っていないのか」
を問うべきではないだろうか。この逆転の思考を大切にしたい。
13) 「中央による選別保存」という大胆な仮説
ここでも、仮定の上に仮定を重ねる式であると重々知りつつ、一つの大胆な作業仮説を置くことができる。
現在われわれが読むことのできる正税帳は、奈良時代に作成された正税帳の「代表標本」ではない。中央政府による行政的処理と、その後の文書選別を通過して生き残った「選択された残存物」なのではないか。
さらに大胆に言えば、
正倉院文書に残った正税帳は、「偶然保存された帳簿」なのではなく、中央政府の文書管理・廃棄・再利用の過程を経た結果として、今日まで残った帳簿なのではないか。
ただし、この段階では、これは事実認定ではなく研究仮説である。我々の狙いは「偶然な残存」という通説から脱却し、「偶然性」を「必然性」に転換させることである。
そして、この仮説には反証可能性を認めたい。もし本当に中央による選別が存在したならば、現存正税帳には、現場に残す痕跡(trace evidence)として俗にいう「指紋もしくはDNA」が残存していたと考えたい。
14) 「史料の指紋」を探す
中央による選別や行政処理があったなら、現存史料に偏りが現れるはずである。例えば、
- 特定の年代に集中している
- 特定の地域の正税帳が多い
- 特定の帳簿類だけが残る
- 一つの国について複数の関連文書が残る
- 数字の異常や特殊な行政処理を含む文書が残りやすい
- 中央で問題になった可能性のある事項を含む文書が残る
- 再利用された紙の状態に共通性がある
- 行政処理終了後、比較的早期に再利用された形跡がある
などである。観点を変えれば、
「何が残ったか」ではなく、「残ったものにどのような偏りがあるか」
のPattern Evidenceを探すことである。文書選別の存在を逆算できる可能を探すことである。
15)もう一つの可能性
先ほどの「中央が重要文書を選んで保存した」という作業仮説だけに固執するのではなく、逆の可能性も同時に検討する心構えが求められる。
中央で行政処理が完了したからこそ、文書としての行政的生命が終了し、廃棄・再利用されたのではないか。
この場合、正倉院文書に残った正税帳は、「重要だから保存された文書」ではなく、
「行政上の役割を終えたため廃棄・再利用された文書」
であったと考えることである。今後、我々の調査の前提は
保存選別
廃棄選別
再利用選別
を区別することになる。
16)「ないもの」を予測する
従来の史料研究では、一般的に「残っている史料から何が分かるか」に注力してきた。その逆に言えば、「史料に記述されていないことは、語らない」式のトレーニングであった。しかし、これだけでは不十分であることは、上述した通りである。我々は一歩先に立ち、
「この行政システムが本当に存在したなら、どんな文書が存在しなければならないのか」
を予見する。そして、その予測と現存史料を比較する。
例えば、
| 行政行為 | 予測される文書的痕跡 |
|---|---|
| 文書を受け取る | 受領記録(仮称、以下同様) |
| 大量の文書を管理する | 進上文書目録 |
| 帳簿を確認する | 点検・勘検記録 |
| 疑問を発見する | 疑義事項メモ |
| 地方に命令する | 指示書・符・牒等 |
| 地方が回答する | 回答・再上進文書 |
| 再確認する | 再点検記録 |
| 処理を終了する | 処理完了記録 |
| 処理が終わらない | 未処理案件の管理記録 |
| 文書を廃棄する | 廃棄・再利用の痕跡 |
である。そして、
「この中で現存するものは何か」
を探す。さらに、予知を進めて、
「存在したはずなのに、なぜ残っていないのか」
を検討する。これが、未来の新しい史料批判の方法ではないだろうか。「ナイナイと嘆き続けるのではなく、あったとするならば」という発想の逆転である。
17) 「ない」ことと「あったはず」
「予測した文書が見つからない」からといって、「存在しなかった」と即断してはならない。
「行政上必要だったはずだから、必ず存在した」
と断定することも、それもむやみにしてはならないのは「偽書」の恐れと至るからである。
そこで、少なくとも次の六つの可能性を識別してはどうだろうか。
- そもそも存在しなかった
- 存在したが、短期間で廃棄された
- 存在したが、紙ではなく木簡など別媒体だった
- 別の帳簿・文書に吸収された
- 断片として現存しているが、それと認識されていない
- 現在まで残っているが、別の名称・分類の下に置かれている
正倉院文書の残存状態を知る限り、特に第5・第6の状態で伝来してきたに違いない。
つまり、「ない」のではなく、「それだと認識していなかった」という認識の下、江戸時代後半まで至った。
18) 「正税帳研究」から「正税帳を扱った人々の仕事研究」へ
この視点に立つと、研究対象そのものが変わる。これまでは、
正税帳に何が書かれているか
を研究してきた。だからこそ
正税帳を誰が、いつ、どのように読み、どこを確認し、どことどこを計算し、何を問題とし、誰に何を指示し、その回答をどう処理したのか
などへの着目であった。とりわけ先行研究者の努力が断片の連続性と全体像の復元であった。「正税帳研究」の重心を「正税帳をめぐる行政実務研究」へと移行してもよい時期に至ったと提案したい。かなり大きな転換であるのは、正税帳が一枚の完成した文書ではなく、その背後には、
作成する人
↓
点検する人
↓
上進する人
↓
受領する人
↓
検査する人
↓
疑義を発見する人
↓
指示する人
↓
回答を作成する人
↓
再確認する人
↓
処理を完了する人
↓
最後に文書を保存・廃棄・再利用する人
という、巨大な行政労働の連鎖があったと推測されるからである。
19)「通信モデル」
これまで我々が考えてきた「通信モデル」は、
地方 → 中央
という単純な通信ではなかった。こんごは、
現場情報の発生
↓
作業原簿・中間記録
↓
地方官衙での照合・集計
↓
正税帳への再編成
↓
中央への上進
↓
中央での受領・目録化
↓
点検・勘検
↓
疑義事項の抽出
↓
地方への指示
↓
地方からの回答・再上進
↓
中央での再点検
↓
行政的認識の成立
↓
処理完了
↓
保存・廃棄・再利用
という循環的な情報処理システムを構想したい。そのためには、正税帳は「報告書」であるとともに、行政処理の途中に置かれた媒介文書だという前提に立つことになる。
20) 尾張国正税帳を「中央側から」読み直す
われわれの「現場モデル」を具体化するうえで、尾張国正税帳を取り上げたい。非常に重要な材料になるはずである。たとえば、
- 不動穀
- 動用穀
- 正税穀
- 郡稲
- 出挙
- 身死免稲
- 不用馬売却
- 皮の売却
- 雑用
- 運雑物夫粮料
- 倉庫の状況
- 酒と滓
- 「病」
- 「向京」
などの記載を見るとき、これまでは、
「なぜこの情報が記載されたのか」
を考えてきた。さらに、
「中央官僚がこの数字を見たとき、何をチェックした可能性があるか」
と問う視点も導入してほしいと強調した。
例えば、
出挙の元本と利稲
↓
利率の確認
あるいは、
古稲
↓
造穀・得穀
↓
数量関係の確認
あるいは、
身死による免稲
↓
債権減免の根拠確認
あるいは、
不用馬売却
↓
資産処分の妥当性確認
というように、正税帳の各項目を「中央のチェック項目」として逆向きに読むことである。
21) 「サンプリング」という新しい問題
さらに本稿の議論を前提とすれば、もう一つ重要な問題に気付く。中央は本当に正税帳の全項目を詳細に確認したのかという疑問である。
異常値や重要項目だけを抽出して確認したのか。
これは現代的な意味での「サンプリング」法であるが、現在と完全に同じだったと断定する必要はない。
大量の行政情報を処理するには、どこを重点的に見るかを決める必要がある
という問題は古代でも変わらない。
もし中央が、
- 前年度との差
- 大幅な増減
- 特殊な免除
- 資産売却
- 出挙利率
- 大規模な支出
- 特異な数量
- 他帳簿との不一致
などを重点的に確認していたなら、正税帳そのものの記載構造に「中央がチェックしやすいように作られた構造」が現れている可能性がある。
22) 正税帳は「地方で作成された完成品」か
第一の作業仮説は、
現存する正税帳は、何らかの選別を経て残ったのではないか。
第二の作業仮説は、
中央官衙には、正税帳を処理するための受領記録・点検記録・指示書・再提出管理記録などが存在したのではないか。
しかし、この二つは実は一つのコインの裏表である。それというのも、
「正税帳には、我々がまだ見ていない文書的な前史と後史があるのではないか」
というフェーズである。
正税帳が突然、「地方で作成された完成品」として現れ、「中央へ提出され、そのまま正倉院に残った」わけではないと仮定するか、そうでないかで見解は大きくことなる。県史や市町村史に多く見られるように「偶然に残った」とすれば、読書の疑問はその時点で遮断されてきた。しかしながら、多くの読者の不満は、正税帳作成には、
作成・集計・照合・上進
という作業があり、その後には、
受領・点検・疑義・指示・回答・再点検・処理完了・保存・廃棄・再利用
があったと想定するならば、「偶然だ」との説明の論拠を失いかねないだろう。我々が現在見ているのは、その巨大な行政過程の一断面にすぎないからだ。
23) 今後の史料調査
したがって、今後の史料探索では、「正税帳」という語だけを検索してはいけない。
むしろ、
① 受領:受領、到来、進上、納入など、文書が中央に到着したことを示す表現。
② 点検:勘、勘検、検校、校合、照合など、文書を確認したことを示す表現。
③ 疑義:不備、誤り、疑問、未詳、勘申を要求する表現。
④ 指示:符、牒、移、下知など、中央から地方へ命令・問い合わせを伝える文書。
⑤ 回答:勘申、解、請、返答、再提出など、地方から中央への応答。
⑥ 再確認:再勘、再検、校合、確認済みなどの処理。
⑦ 処理終了:案件が終了したことを示す痕跡。
⑧ 未処理:保留、未進、未勘、後日処理などの痕跡。
⑨ 文書管理:案、控、目録、付、具注など、文書そのものを管理した痕跡。
⑩ 廃棄・再利用:反故、裏面利用、裁断、再利用など、文書の第二の生命を示す痕跡。
こうした語彙を横断的に調査することで、我々の目的に近づくと予感する。
正税帳という名称を持たない文書の中から、
「正税帳を処理するための文書」
が浮かび上がる。
24) 「史料がない」ことは研究の終点か
最終的に中央側の「チェックリスト」や「処理簿」が一枚も発見されなかったとしても、研究はそこで終わらない。むしろ、
「なぜ、存在した可能性のある中央側の実務記録が残っていないのか」
を次の問題にする。その理由として、
- 一時的なメモだった
- 木簡だった
- 行政処理終了後に廃棄された
- 正式文書に転記された後に廃棄された
- 他の帳簿に統合された
- 写経所などで再利用された
- 文書名が異なるため、現在の史料分類では発見できない
などを検討することになる。したがって、
史料の不在そのものを史料批判の対象にする。
25)おわりにかえて――「正税帳の向こう側」へ
本稿の目的は、正税帳研究のさらなる問い掛への旅立ち宣言である。従来の常識での問いは、偶然に正倉院に残存した断片から
「正税帳には何が書かれているのか」
だった。その次に、
「なぜ、そこまでして正税帳を作ったのか」
が生まれた。ここで我々の問題設定は、では
「中央政府は、それを受け取って何をしたのか」
へ進んだ。そしてその疑問の先へ進め、
「中央政府が本当に正税帳を処理していたなら、その仕事を記録するために、どのような文書を必要としたはずなのか。」
そこから、
受領の痕跡
↓
進上文書の目録
↓
点検・勘検
↓
疑義事項の記録
↓
地方への指示
↓
地方からの回答・再上進
↓
再点検
↓
処理完了
↓
未処理案件の管理
↓
保存・廃棄・再利用
という「文書の連鎖・循環」を予測した。この連鎖のどこかには、現在の正倉院文書、木簡、正税帳断簡、解・牒・符その他の行政文書と接続する痕跡が残っているというかすかな期待の上にある。そして、もしその痕跡が見つからなかったとしても、問題は消えない。
「なぜ存在したはずの文書が残っていないのか。」
この問いを次に追究することによって、正税帳研究は、
「残された帳簿を読む研究」
から、
「帳簿が作られ、送られ、読まれ、処理され、指示が出され、回答が返され、最終的に保存・廃棄・再利用されるまでの、文書の全生命史を復元する研究」
へと必然的に転換する。そして、この視点に立ったとき、正倉院文書に残る正税帳は、もはや孤立した古文書ではない。
それは、
古代国家という巨大な情報処理システムの中で、地方と中央の官僚が実際に仕事をした痕跡
となるはずである。もはや我々の視点は、正税帳の「前」と「後」に向かることになる。
そして最も重要なのは、その「後」にある。なぜなら、そこには、
正税帳を読んだ人間が何を考え、何を疑い、何を命じ、何を確認し、そして何を「処理済み」としたのか
という、これまでほとんど見えていなかった古代官僚制の本質を解析できる豊穣の大地が開けるからである。