1) 本稿は、私の調査メモに過ぎず、新鮮味のないことは言うまでもない。ご了解いただきたい。
従来、『出雲国計会帳』は、
*「出雲国府に、一年間にどのような公文書が入り、どのような公文書を外へ出したか」を記録した文書管理台帳
だと理解されてきた。それを比定する考えはなく、正解だと思う。
しかしながら、少しばかり観点を変えると、別な側面が見えてくるのではないだろうか。
試みに私のつたない仮説は次の通りである。その前提となる課題は「全国60か国×大量文書」ではなく、「中央が文書をどう管理可能な情報に変換したか」である。
『出雲国計会帳』をみるだけでも、出雲一国で、
- 太政官
- 民部省
- 兵部省
- 節度使
- 隣国
- 大宰府
- 中央諸官司
- 太政官符
- 民部省符
- 兵部省符
- 節度使符
- 勅符
- 移文 など
- 解
- 進上公文
- 帳
- 歴名
- 状
○月○日 移太政官下符壱道〈……〉
document ID / date / sender / document type / subject / quantity
「進上公文十八巻三紙」
- 大帳
- 郷戸課丁帳
- 括出帳
- 走還帳
- 放奴婢帳
- 逃亡満六年帳
- 神亀五年以来逃亡帳
- 割付奴婢帳
- 争戸帳
- 遭服人帳
- 高年及残疾以上帳
- 計会帳
- 大税出挙帳
- 郡稲出挙帳
- 公用稲出挙帳
- 九等戸帳
- 麦帳
- 主当調庸国司并郡司帳
- 主当地子交易国司歴名帳
- 無国司造家帳
「出雲国から何が来たか」
1. 形式要件の不備(公文の形式・書式の違反)
古代の公文書(解・牒・移など)は、差出人・宛先の官制上の関係によって厳格な様式・書式(公文の形式)が規定された。
印章の押し忘れ・鮮明度の不足: 官印が押されていない、または判読できない場合。
位署(署名)の欠落・誤記: 責任者(国司や主典・判官など)の署名や位階・官職名の記載順序の誤り。
公文の様式違い: 宛先と差出人の上下・対等関係に応じた文書形式(例: 下位から上位への「解」、対位機関への「牒」など)の選択ミス。
2. 内容要件の不足(記載内容の実質的欠陥・計帳等の計算違い)
国衙から中央へ出される公文(正税帳、大帳、算帳、調庸帳など)は、数値や事実に高い正確性が求められた。
勘会(監査)での不一致・計算不備: 正税帳や郡稲帳(例えば越前国)など各国衙で作成された帳簿類の数値整合が取れていない場合、和銅・養老期の公文監査(帳簿監査)で厳しく指摘され、修正・再提出(「改帳」)命令が出されたと十分に予想される。 ⇒例えば『養老令』廄牧令第十 「駒犢條:凡在牧駒犢。至二歲者。每年九月。國司共牧長對。以官字印印左髀上犢印右髀上並印訖。具錄毛色齒歲為簿兩通一通留國為案。一通附朝集便申太政官。」 には、厳格な書類作成の一端を垣間見る。
証拠・付随文書の不足: 申請内容を証明すべき副状(添え状)や裏付け文書が不足している場合。
記載内容の虚偽・疑問点: 内容に不明瞭な点があり、主税寮・主客寮などの担当官衙から照会(問状・覆牒)が行われ、再調査の上で提出し直すケース。
3. 誤送付・誤分類(管轄・送付ルート・文書仕訳の不備)
行政機構の管轄権や文書伝達ルートの不備に起因するもの。
管轄官衙の誤り: 本来経由すべき省庁(太政官経由、式部省経由など)を通さず直接別官衙へ届いた場合や、直轄権限のない官衙への送付。
類聚・仕訳の誤り: 複数の事項をまとめて送付する際、公文の分類・整理が不適切で受理が拒否される場合。
伝達ルート・駅伝の誤配: 文書使(公文使)や駅伝伝路での取り違えによる誤送
計会帳=国府が「中央との通信状態」を管理するための通信管理台帳
tracking number + delivery confirmation
60余国↓① 文書が中央へ到着↓② 受領・受付・分類↓③ 公文目録との照合↓④ 担当官司へ配分↓⑤ 内容審査・決裁↓⑥ 必要なら返符・下符↓⑦ 案(控え)として保存↓⑧ 目録によって検索可能化
① 草案層(案)
起草段階の文書
書生・主典など下級官人が作成
内容の検討・修正・変更可能
例:奏案・牒案・状案・案文草
② 審議層(案文)
複数官司の合議を経た「ほぼ確定」文書
まだ正式押印はない
例:太政官符案・民部省案・式部省案
③ 成文層(正本)
押印・署名を備えた正式文書
公的効力を持つ
例:太政官符・官符・牒・状・奏
この三層構造は、現代官庁の「起案→決裁→公布」に対応するが、律令国家では案層が極めて厚く、正本化は限定的という特徴に、我々の着眼点がある。従来の日本古代史家の研究の特徴がこの「正本」(天皇などの決裁を経た最終版)による政治行動に焦点を当てていたことである。なるほど、それももっともなのは、最終決定でなく、初案の段階での政策論議を交わしても、政治家がよく使用する「いかがなものでしょうか」となるだけである。
公式令には、成立した案について「納目」を作り、案を整理して納庫する趣旨の規定があり、
「公式令八二 案成條:凡案成者。具條納目皆案軸。書其上端云。其年其月其司納案目。每十五日納庫使訖。其詔敕目。別所案置。」
の通りである。
また、同じく公式令「案成条」によって、
公式令八二 案成條:凡案成者。具條納目皆案軸。書其上端云。其年其月其司納案目。每十五日納庫使訖。其詔敕目。別所案置。
公式令八三 文案條:凡文案。詔敕奏案。及考案。補官解官案。祥瑞財物婚田良賤市估案。如此之類。常留。以外。年別檢簡。三年一除之。具錄事目為記。其須為年限者。量事留納。限滿准除。
とあり、この「案」が文書保管制度の基本規定であるという先行研究を、今ここでも再確認すれば、「案」の4機能に逢着する。
1, 起草(drafting)機能:書生・主典が原案を作成し、上級官人が修正する。
→ 官司内部の意思形成の痕跡が残る。
2、合議(deliberation)機能:複数官司が案文を回覧し、修正意見を付す。
→ 太政官の合議制と密接に連動。
3,証跡(trace)機能:正本化されない案の残存・保管
⇒政策形成過程の内部構造が復元可能
越前国
尾張国
伊勢国 など
兵部省
刑部省
中務省 など↓
戸籍
兵役
駅伝
人事
寺社
物資
リレーショナル・データベース
律令国家が地方行政を把握するために設定した「データ項目」の一覧
- 元本
- 利稲
- 貸付
- 返納
- 未納
- 死亡百姓
- 免稲
- 人名
- 郡
- 戸
- 年齢
- 軍団
- 兵役状態
- 駅
- 馬数
- 馬種
- 使用状況
- 補充
国府の80種類の帳簿 ≒ 中央政府が地方から回収したい行政データの80カテゴリー
律令国家=文書によって地方を統治した
律令国家=地方で発生する情報を定型化し、帳簿化し、中央へ集約し、比較可能なデータへ変換する国家
日付 | 発信主体 | 宛先 | 文書 | 件数 | 内容 | 関係帳簿 |
|---|---|---|---|---|---|---|
天平5.8 | 出雲国 | 中央 | 調帳 | 4巻 | 調 | 調帳系 |
天平5.8 | 出雲国 | 中央 | 運調脚帳 | 1巻 | 調運搬 | 貢調系 |
天平5.8 | 出雲国 | 中央 | 匠丁帳 | 2巻 | 匠丁 | 労役系 |
天平5.8 | 出雲国 | 中央 | 大帳 | 2巻 | 戸籍 | 計帳系 |
… | … | … | … | … | … | … |
「一国から中央へ、一年間にどれだけの行政情報が上がっていたのか」
「一国の国府が年間に処理した情報量」
「律令国家中央政府が年間に処理した行政情報量」