2026年8月8日土曜日

毎年、数万枚の公文書が届く中央官衙の多忙さを通して、律令国家論を提起する。

(1) 問題設定:『越前国郡稲帳』に記載された「不用馬50束」の文言を持つ公文書が、なぜ越前国から朝集使を通して、主計寮・民部省・太政官へと送り届けられたのか。

(2)最初に注目する条文は、養老令廄牧令第20条である。

  1. 廄牧令二十 驛伝馬條:凡驛伝馬。每年國司檢簡。其有太老病。不霖堪乘用者。隨便貨賣。得直若少。驛馬添驛稻伝馬以官物市替。
この20条「駅伝馬条」は「不用馬売却」の法的根拠を規定する。つまり、「每年國司檢簡」とあり、各国の国司はその任務の一環として、駅伝馬の管理を担当した。まず、国司は「其有太老病。不霖堪乘用者。」とあり、老馬かどうか、病馬・患馬(熱馬・寒馬・盲眼の馬・目ひるの馬など)や弱馬などの識別作業を要した。その折に病気で公用の任に堪えないと判断されたならば、
 *貨売(売却)
が求められた。ここで見逃せないポイントは、
行政財産として価値が落ちた時点での処分
という発想である。現代式に言えば、耐用年数を超えた公用車やIT機器を競売で処分すると同様である。つまり「不用馬」売却の制度化が規定されていた事実に注目したい。
 したがって、 「貨売」は競売・相場売買に近い価値で処分され、決して「廃棄」ではなく、むしろ市場価格で売却したり、払い下げたりした売却代金で、新しい駅馬・伝馬を購入していることである。発想を変えると、馬は固定資産ではなく、流動資産として登録・管理されていたといえる。
 次に 第23条。
廄牧令廿三 國郡條:凡國郡所得闌畜。皆仰當界內訪主。若經二季無主識認者。先充伝馬若有余者出賣。得價入官。其在京。經二季無主識認者。出賣。得價送贓贖司後有主識認勘當知實。還其本價。」
この条では「闌畜(所有者の不明な馬・牛)」は伝馬にするか、「出売」にすると規定する。国家は馬を「売買する主体」であるとともに、「行政の日常業務」に組み込まれていたことを意味する。
そこで 第26条の規定に至る。
廄牧令廿六 官馬牛條:凡官馬牛死者。各收皮腦角膽若得牛黃者。別進」
つまり、官馬が死亡してもその市場価値を認め、売却益を確保せよと規定していることは興味深い。死んだ馬の「皮」・「脳」・「角」・「胆」まで回収して、商品化して進上せよと規定する。要するに、官馬は「国家財産」であると明言する。
この条と連動して、
「廄牧令廿七 因公事條:凡因公事乘官私馬牛以理致死。証見分明者。並免徵。其皮宍。所在官司出賣。送價納本司若非理死失者。徵陪。」
を提示している。この条文で重要なのは、「公事乘官私馬牛」(公務中に乗っていた官私馬牛が正当な理由で死んだ場合、その「其皮宍。所在官司出賣」、つまりその「皮と肉」を所有する官司は売却してもよいと定める。
  そこで、再度、廄牧令第9条に立ち戻るならば、
廄牧令第九 失馬牛條:凡在牧失官馬牛者。並給百日訪覓。限滿不獲。各准失處當時估價十分論。七分徵牧子三分徵長帳如有闕及身死。唯徵見在人分其在廄失者。主帥准牧長飼丁准牧子失而復得。追直還之。其非理死損。准本畜徵填。」
とあるが、ここで注目すべきは「估價」である。官の牧場において登録した官馬牛が行方不明になったならば、7割を「牧子」が、のこりの3割を「長張」(官衙)が共同で負担して弁償せよと命じる一方で、その価格は律令国家が定めた法定価格ではなく、当該地域の実勢価格(估價)を用いることとと命じている。
 今、「越前国郡稲帳」を見ると、
不用馬壱匹直稲伍拾束  
 死馬皮捌張直稲捌拾束〈張別一十束〉」
と記載されており、それが越前国の相場であったに違いない。すでに館野和己氏の調査では、
 「他国の例を見ると、天平10年度「周防国正税帳」で は同じく「不用馬」6疋を300束(馬別50束)で、同6年度「尾張国正税帳」(『大日古』1-607) では「不用伝馬」11匹を計560束(10匹は各50束、1匹は60束)で売り、同6年度「駿河国正税帳」 (『同』2-67)では「伝馬不用」1匹の収入として50束が計上され、同10年度の「駿河国正税帳」 (『同』2-106)には「伝不用馬」5匹を250束(匹別50束)で、同11年度「伊豆国正税帳」(『同』 2-192)では「不用伝馬」1匹を50束で売却している。これらの例からすれば越前の「不用馬」も、 駅馬の可能性は排除できないが恐らく伝馬であり、1匹50束は相場であったことがわかる。」(館野和己「天平4年度「越前国郡稲帳」を読む」『 福井県文書館研究紀要』16号、2019年)
とあり、全国的に横並びの「不用馬は50束」であった。

(3)律令国家と馬
さて、我々は馬に関する公文書に対するパラダイムチェンジをする必要に迫られている感がある。律令国家において、馬は軍事に、そして逓送用駅馬などに使用されたと考えてきた、しかしながら、我々に観点から「養老令 廄牧令」を分析するならば、馬は単なる軍事資源ではなく、
*馬のライフサイクル全体を管理する行政資産
として見なしていると考えたい。そのライフサイクルとは、次のように整理できる、
  1. 牧で繁殖(第6・7条)
  2. 焼印・登録(第10条)
  3. 軍団・駅・伝馬へ配備(第13・16条)
  4. 毎年点検(第20条)
  5. 老齢・病弱になれば貨売(第20条)
  6. 死亡すれば皮・脳・胆などを回収(第26条)
  7. 皮や肉も売却して収入化(第27条)
この一連の流れは、律令国家が馬を「取得して終わり」の資産ではなく、「取得・運用・更新・売却・廃棄・部材回収」まで一体的に管理していたことを示す。
(4)「馬の管理帳簿が中央官衙へ送られる」という文書ルート
本稿の論者が改めて注目したいのは次の2条である。 
第10条(駒犢条)
 「廄牧令第十 駒犢條:凡在牧駒犢。至二歲者。每年九月。國司共牧長對。以官字印印左髀上犢印右髀上並印訖。具錄毛色齒歲為簿兩通一通留國為案。一通附朝集便申太政官。」
第25条 (官私馬牛條):
「凡官私馬牛帳。每年附朝集使送太政官」
 再度強調したい。我々が重要だと考えるのは、中央官衙への「報告」ではなく、毎年、各国別「官私馬牛帳」という文書名を持ち、中央が全国を一元的に把握するための標準化されたデータシートの帳簿が太政官へ集まるというシステムが構築されていることである。
現代風にいえば、「全国馬牛統計システム」に該当するだろうが、律令時代、中央の太政官・民部省・主計寮には全国から官私馬牛帳が集中するため、
  • 全国の官馬数
  • 全国の私馬数
  • 国別・郡別の保有頭数
  • 増減
  • 繁殖状況
  • 死耗率
  • 駅馬・伝馬の配置状況
までは、正確に把握できる。つまり養老令を施行することによって、律令国家は家畜を「飼育」するのではなく、 家畜を「国家資源として統計管理」することに制度の重心を置いていたことである。
 ここで、『越前国郡稲帳』などに見える「不用馬」の語句に気づくだろう。仮に、某国で、
  天平元年 官馬100頭
  天平2年 官馬98頭
であったとすれば、少なくとも中央の主税寮はその理由を把握しなくてはならない。減少理由としては、
  • 死亡
  • 売却(貨売)
  • 軍団への配備
  • 新規補充
などが予想されるものの、たとえ不用馬を売却したとしても、帳簿上で頭数の変動として説明されなければならない。
つまり、不用馬の「売却」は地方限りの公的財産処分ではなく、中央統計の中で整合性を保つべき行政行為であった。
 ここで思い出されるのは、本稿の論者は越前国郡稲帳の本質は、その郡の財政的収支報告であるとともに、「利益率の証明書」という観点を導入しなくてはならないと提起した。
したがって、『越前国郡稲帳』が単なる内部帳簿ではなく、
中央へ提出される行政実績の証明書
であった事実に立脚すれば、越前国馬牛帳もまったく同一な構造で作成されたと考えれ良いだろう。
  • 郡稲帳は「稲」の全国管理、
  • 馬牛帳は「馬牛」の全国管理、
いう二つの全国データベースが、毎年朝集使によって中央へ運ばれていた(第25条 (官私馬牛條):「凡官私馬牛帳。每年附朝集使送太政官」)
 さらに一歩踏み込んで考えるならば、律令国家とは全国の資産を数値で統治する国家であったという仮説を提起できるだろう
稲については正税帳・郡稲帳・出挙帳があり、馬については馬牛帳・牧帳・駅馬帳がある。これらは別個独立して作成された帳簿ではなく、
*朝集使という共通の行政ルートを通じて太政官へ集約される全国的な情報ネットワークの構成物
であったとみなされる。つまり、律令国家の行政構造は、
1,国司が郡司から情報を吸い上げ、
2,太政官が全国情報を統合し、
3,民部省・主計寮が財政・資源として管理する
という 情報の垂直統合構造 を持つとみなすことも可能となる。
 この視点に立つと、『越前国郡稲帳』の「不用馬50束」という一見して地方の売却記録であっても、その本質は中央が全国の馬資産を管理するための統計・会計システムの一環として位置づけることができると考える。
(5)本来であれば、ここで擱筆すべきであるが、念のために本稿の論者の基本的方向性を明示して置きたい。
問題の設定「太政官や民部省、主計寮で誰が分析したのか」
従来は、「地方文書を中央官衙へ提出した」までは議論してきたが、提出された後
については研究を見る機会はまれであった。
例えば、全国約60余国から、毎年
  • 正税帳
  • 計帳
  • 馬牛帳
  • 郡稲帳
  • 各種進上文書
などが定期的に届く。それを誰かが
  ①開封し
  ②登録し、
  ③国別に分類し
  ④不備を確認し、
  ⑤前年度と比較し
  ⑥異常値を発見し
  ⑦必要とあれば、当該地方官衙へ問い合わせる
作業を当然になされていたはずである。それらの一連の事務作業をだれが、どこで担当していただろうか。我々の言葉でいう情報処理及び行政執行機関である。
 繰り返しとなるが、仮に
  1,全国66国
  2,国ごとに毎年20種類の帳簿
  3,1帳簿は平均20枚
だとするならば、年間数万枚規模の文書が中央官衙へほぼ同一時期に集中する。
 先行研究を見ると、現在の「財務省・会計検査院」に近い組織である主計寮が該当するだろうが、そうなれば、主計寮は単なる会計担当官衙ではなく、
*全国財政情報収集・分析機関
であった可能性さえあると言える。現代日本で例えるならば、律令制下の民部省は
  • 財務省主計局
  • 会計検査院
  • 総務省統計局
の機能が一体化していたといっても過言ではないだろう。
 では、年間数万枚規模の文書が中央へ集まり、それらを
  • 一人の官人が一日に処理できる枚数
  • 一年間の勤務日数
  • 照合作業の時間
  • 保管・索引作成の時間
を積み上げれば、中央行政に必要な最低限の官人数を推計できる可能性があるが、それは後日の宿題としたい。なぜならば、律令国家の「人的処理能力」を定量的に復元する試みに直結するからである。しかしながら、コンピュータもAIもない時代である。すべてが紙媒体での情報の集積であり、それを手作業での作業であると推測すれば、この短時間での事務処理をいかに表現すべきであろうか。

この視点に立つと、「不用馬50束」という一見地方的な売却記録も、実は中央が全国の各種資産を管理するための統計・会計システムの一環として位置づけることができると要約したい。

’6)仮説:律令国家とは、全国から送られる膨大な行政情報を標準化された帳簿によって収集・照合・保存・分析し、その結果を地方統治へ反映させる「情報処理国家」であった。

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次は、蛇足である。

全国で統一化された官私馬牛帳の「帳簿復元案」文書形式(フォーマット)・欄構造・記載順・集計単位・中央での処理フロー まで含めて推定すれば、次のようになる。

1) 官私馬牛帳:帳簿復元案

Ⅰ. 文書形式(帳簿としての規格)

官私馬牛帳は「帳」であり、計量・統計を目的とした標準化文書 である。

 基本構造(復元)

縦界:郡別の区画

横界(行界):項目別の区画

天界:国名・年次・国司署名

地界:集計・送付先(太政官)

⑤裏紙には多数の国司印の押印

これは正税帳・計帳と同じ「帳簿系文書」の規格を持つ。

2)Ⅱ. 記載項目(欄構造の復元)

 基本属性

国名

郡名

年次(天平OO年)

国司名(守・介・掾・目)

郡司名(主政・主帳)


. 官馬欄(官有馬)

官馬総数

駅馬数(駅家別)

伝馬数(伝馬所別)

軍馬数(兵部省管轄)

老廃馬数(官馬の死・老)

新生産馬数(官牧の繁殖)


私馬欄(民有馬)

私馬総数

戸別保有数(大戸・中戸・小戸)

繁殖頭数(私牧・民間飼育)

死耗数(疫病・事故)

売買・移動数(郡間移動)


. 牛欄(官牛・私牛)

馬と同一構造で、牛の官私別・繁殖・死などを記載。


 年次比較欄(増減)

前年比増減(官馬・私馬・牛)

死耗率(%)

繁殖率(%)

郡別偏差(標準偏差モデル化可能)


. 配置状況欄

駅路別の駅馬配置数

伝馬所別の伝馬配置数

軍団別の軍馬配置数


 記載順(文書の流れ)

帳簿は「郡→国→中央」の階層構造を持つため、記載順は以下のように復元できる。

  1. 国名・年次・国司署名(天界)

  2. 郡名(縦界)

  3. 官馬欄(行界)

  4. 私馬欄(行界)

  5. 牛欄(行界)

  6. 年次比較欄(増減)

  7. 配置状況欄(駅馬・伝馬)

  8. 国司による集計(地界)

  9. 太政官送付記録(地界)

これは正税帳・計帳の構造と完全に一致させることが期待されただろう、中央の主計寮側の全国的集計の簡便さを考えて。


3) 集計単位(律令国家の情報処理モデル)

 1. 郡司レベル(一次データ)

戸別の馬牛数

官馬・私馬の区分

駅馬・伝馬の配置

死耗・繁殖の記録

郡司は「データ作成者」であり、ここが律令国家の“ンサーネットワークに相当する。

 2. 国司レベル(二次集計)

郡別データの統合

国別の官馬・私馬総数

駅路別の配置

年次比較(増減)

国司は「データ統合者」であり、国レベルの統計を形成する。


 3. 太政官・民部省・主計寮(三次集計)

全国官馬総数

全国私馬総数

国別・郡別の偏差

駅路別の馬資源配置

軍事・交通資源としての再配分

ここが律令国家の 中央統計局” に相当する。


4) 太政官での情報処理フロー(情報の中央集積)

 1. 太政官(受領)

官私馬牛帳を国別に受領

形式点検(帳簿の欠落・不備)


 2. 民部省(財政資源としての評価)

官馬・私馬の全国集計

駅馬・伝馬の配置状況の評価

国別の死耗率・繁殖率の分析


 3. 主計寮(国家資源としての計量)

軍馬・駅馬の再配置案

馬資源の不足国への補填

駅路の馬資源の再編成

このようにして、各国別官私馬牛帳は 「馬政」ではなく「国家資源統計」 として機能させていると評価できよう。


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この養老令は、次のURLの転載である。厚く御礼申し上げます
養老令 廄牧令


  1. 廄牧令第一 廄細馬條:凡廄。細馬一疋。中馬二疋。駑馬三疋。各給丁一人穫丁每馬一人。日給細馬。粟一升。稻三升。豆二升。鹽二夕中馬。稻若豆二升。鹽一夕。駑馬。稻一升。乾草各五圍。木葉二圍。【周三尺為圍。】青草倍之。皆起十一月上旬飼乾。四月上旬給青。其乳牛。給豆二升。稻二把取乳日給。
  2. 廄牧令第二 馬戶分番條:凡馬戶。分番上下。其調草。正丁二百圍。次丁一百圍。中男五十圍。
  3. 廄牧令第三 官畜條:凡官畜。應請脂藥療靄病者。所司預料須數每季一給。
  4. 廄牧令第四 牧馬帳條:凡牧馬長帳者。取庶人清幹。堪檢校者霽為之。其外六位及勳位。亦聽通取。
  5. 廄牧令第五 牧每牧條:凡牧。每牧置長一人。帳一人每群牧子二人。其牧馬牛。皆以百為群。
  6. 廄牧令第六 牧牝馬條:凡牧牝馬。四歲遊牝。五歲責課。牝牛三歲遊牝。四歲責課。各一百每年課駒犢各六十其馬三歲遊牝而生駒者。仍別簿申。
  7. 廄牧令第七 每乘駒條:凡牧馬牛。每乘駒二疋。犢三頭各賞牧子稻廿束其牧長帳。各通計所管群賞之。
  8. 廄牧令第八 死耗條:凡牧馬牛死耗者。每年率百頭論除十。其疫死者。與牧側私畜相准。死數同者。聽以疫除。
  9. 廄牧令第九 失馬牛條:凡在牧失官馬牛者。並給百日訪覓。限滿不獲。各准失處當時估價十分論。七分徵牧子三分徵長帳如有闕及身死。唯徵見在人分其在廄失者。主帥准牧長飼丁准牧子失而復得。追直還之。其非理死損。准本畜徵填。
  10. 廄牧令第十 駒犢條:凡在牧駒犢。至二歲者。每年九月。國司共牧長對。以官字印印左髀上犢印右髀上並印訖。具錄毛色齒歲為簿兩通一通留國為案。一通附朝集便申太政官。
  11. 廄牧令十一 牧地條:凡牧地。恒以正月以後從一面以次漸燒。至草生使遍。其鄉土異宜。及不須燒處。不用此令。
  12. 廄牧令十二 須校印條:凡須校印牧馬者。先盡牧子不足。國司量須多少取隨近者充。
  13. 廄牧令十三 牧馬應堪條:凡牧馬。應堪乘用者。皆付軍團於當團兵士內簡家富堪養者充。免其上番及雜驅使。
  14. 廄牧令十四 須置驛條:凡諸道須置驛者。每三十里置一驛若地勢阻險。及無水草處。隨便安置。不限里數其乘具及蓑笠等。各准所置馬數備之。
  15. 廄牧令十五 驛各置長條:凡驛。各置長一人取驛戶內家口富幹事者為之。一置以後。悉令長仕若有死老病。及家貧不霖堪任者。立替。其替代之日。馬及鞍具欠闕。並徵前人若緣邊之處。被蕃賊抄掠非力制者。不用此令。
  16. 廄牧令十六 置驛馬條:凡諸道置驛馬大路廿疋。中路十疋。小路五疋。使稀之處。國司量置。不必須霖足。皆取筋骨強壯者充。每馬各令中中戶養飼若馬有闕失者。即以驛稻市替。其伝馬每郡各五。皆用官馬若無者。以當處官物市充。通取家富兼丁者付之。令養以供迎送。
  17. 廄牧令十七 水驛條:凡水驛不配馬處。量閑繁驛別置船四隻以下。二隻以上隨船配丁。驛長准陸路置。
  18. 廄牧令十八 乘驛條:凡乘驛及伝馬應至前所替換霽者。並不得騰過其無馬之處。不用此令。
  19. 廄牧令十九 軍團官馬條:凡軍團官馬。本主欲於鄉里側近十里內調習霽聽。在家非理死失者。六十日內備替。即身死。家貧不堪備者。不用此令。
  20. 廄牧令二十 驛伝馬條:凡驛伝馬。每年國司檢簡。其有太老病。不霖堪乘用者。隨便貨賣。得直若少。驛馬添驛稻伝馬以官物市替。
  21. 廄牧令廿一 公使乘驛條:凡公使須乘驛及伝馬若不足者。即以私馬充。其私馬因公使致死者。官為酬替。
  22. 廄牧令廿二 乘伝馬條:凡官人乘伝馬出使者。所至之處。皆用官物准位供給。其驛使者。每三驛給。若山險闊遠之處。每驛供之。
  23. 廄牧令廿三 國郡條:凡國郡所得闌畜。皆仰當界內訪主。若經二季無主識認者。先充伝馬若有余者出賣。得價入官。其在京。經二季無主識認者。出賣。得價送贓贖司後有主識認勘當知實。還其本價。
  24. 廄牧令廿四 闌遣物條:凡闌遣之物。五日內申所司其贓畜。事未分決在京者付京職斷定之日。若合沒官出賣。在外者准前條。
  25. 廄牧令廿五 官私馬牛條:凡官私馬牛帳。每年附朝集使送太政官。
  26. 廄牧令廿六 官馬牛條:凡官馬牛死者。各收皮腦角膽若得牛黃者。別進
  27. 廄牧令廿七 因公事條:凡因公事乘官私馬牛以理致死。証見分明者。並免徵。其皮宍。所在官司出賣。送價納本司若非理死失者。徵陪。
  28. 廄牧令廿八 官畜條:凡官畜。在道羸病。不堪前進者。留付隨近國郡養飼療救。草及藥官給。差日遣專使送還所司其死者。充當處公用。

2026年8月5日水曜日

越前国司リスト(2026年6月4日版)

 

『続日本紀』中の越前関係資料を基に作成した越前国司一覧

西暦

年号

官職

氏名

典拠・備考

708

和銅元

高志連村君

和銅元年313

719

養老3

多治比真人広成

能登・越中・越後三国を管轄

745

天平17

佐味朝臣虫麻呂

918日任官

746

天平18

藤原朝臣宿奈麻呂

621日任官

746

天平18

大伴宿禰駿河麻呂

914日転任

747

天平19

茨田王

114日任官

752

天平勝宝4

粟田朝臣奈勢麻呂

526日任官

755

天平勝宝7

佐伯宿禰美濃麻呂

1223日任官

757

天平宝字元

粟田朝臣奈勢麻呂

左中弁兼越前守

759

天平宝字3

藤原恵美朝臣薩雄

115日任官

761

天平宝字5

高丘連比枝麻呂

116日任官

764

天平宝字8

藤原恵美朝臣辛加知

121日任官

764

天平宝字8

藤原朝臣継縄

917日任官

764

天平宝字8

阿倍朝臣浄目

923日任官

766

天平神護2

藤原朝臣継縄

参議兼任

767

神護景雲元

石川朝臣名継

811日任官

767

神護景雲元

弓削宿禰牛養

兼越前介

768

神護景雲2

下道朝臣黒麻呂

218日任官

768

神護景雲2

員外掾

船木直馬養

71日任官

770

宝亀元

藤原朝臣継縄

参議兼越前守

770

宝亀元

藤原朝臣雄田麻呂

822日任官(後の百川)

770

宝亀元

員外介

巨勢朝臣池長

1228日任官

771

宝亀2

巨勢朝臣池長

員外介から正式任官

776

宝亀7

藤原朝臣宅美

36日任官

776

宝亀7

大伴宿禰伯麻呂

910日任官

778

宝亀9

大伴宿禰伯麻呂

参議兼任

781

天応元

藤原朝臣鷹取

造宮卿兼任

782

延暦元

藤原朝臣鷹取

中宮大夫兼任

782

延暦元

五百枝王

620日任官

784

延暦3

藤原朝臣真友

47日任官

785

延暦4

坂上大宿禰苅田麻呂

1012日任官

786

延暦5

藤原朝臣内麻呂

124日任官

787

延暦6

安倍朝臣広津麻呂

春宮亮兼任

789

延暦8

紀朝臣長名

24日任官

789

延暦8

藤原朝臣内麻呂

右衛士督兼任継続

790

延暦9

藤原朝臣内麻呂

内蔵頭兼任継続


この国司表を基に、1部分であるが、次の表も作成できる。」

       守          大      目少目  史 生
                    出典

733                                                                                                       阿刀造佐美麻呂      越前国郡稲帳                                                            ( 天平五年閏                    
                                  三月六日                      
                                  史生大初位
                                  下阿刀造佐
                                  美麻呂」)
761藤原薩雄  高丘比枝麻呂                 続日本紀
764藤原継縄 阿倍浄目                    続日本紀
767藤原継縄 石川名継・
 弓削牛養
                   続日本紀
768藤原継縄 下道黒麻呂 船木馬養              続日本紀
770藤原百川 巨勢池長                    続日本紀
784五百枝王 藤原真友                    続日本紀
787藤原内麻呂 安倍広津麻呂                 続日本紀
789藤原内麻呂 紀長名



今後共に、この表の充実に努めたい。博雅の士のご教示を俟つ。