遺跡から出土する荷札木簡の中に、
*「養米」と「六斗」
の記述を見る。
この「六斗」とは何かを考えていたが、ふと気づいたのは、
以下の記事を見たからである。
>>甲午の年は持統八年(六九四年)。養米は、衛士、仕丁などに支給される国養物と関連をもつものか。関連史料はなく不詳。阿具比里は『倭名鈔』の尾張国智多郡英比郷か。
今、地名の比定は後日に論じると約束して、「養米は、衛士、仕丁などに支給される国養物」という指摘である。
『延喜式』主計上の規定では、米の場合、衛士、仕丁などに支給された量は1日あたり2升であった。したがって一か月では、30日ある大の月は6斗、29日の小の月の場合は5斗8升となる。したがって、
「甲午年九月十二日知田評・阿具比里五□〔木ヵ〕部皮嶋□養米六斗」
とは、甲午年九月が大の月であったと判明する。
URL | https://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/6AJEKM35000103 | |
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木簡番号 | 162 | |
本文 | ・甲午年九月十二日知田評・阿具比里五□〔木ヵ〕部皮嶋□養米六斗 | |
寸法(mm) | 縦 | 213 |
横 | 28 | |
厚さ | 4 | |
型式番号 | 031 | |
出典 | 荷札集成-32(![]() ![]() ![]() | |
文字説明 | ||
形状 | 中央やや下よりで二片分離、上削り、下削り、左削り、右削り。上下両端裏側を面取りする。 | |
樹種 | ヒノキ科♯ | |
木取り | 追柾目 | |
遺跡名 | 藤原宮跡北面中門地区 Fujiwara Palace Site (Northern Side of the Central Gate Sector) | |
所在地 | 奈良県橿原市醍醐町 | |
調査主体 | 奈良国立文化財研究所飛鳥藤原宮跡発掘調査部 Department of Asuka and Fujiwara Palace Sites Investigations, Nara National Research Institute for Cultural Properties | |
発掘次数 | 藤原宮第18次 | |
遺構番号 | SD145 | |
地区名 | 6AJEKM35 | |
内容分類 | 荷札 | |
国郡郷里 | 尾張国智多郡英比郷〈尾張国知田評阿具比里〉 | |
人名 | 五(木)部皮嶋 | |
和暦 | (甲午年)持統8年9月12日 | |
西暦 | 694(年), 9(月), 12(日) | |
遺構の年代観 | 694-710 | |
木簡説明 | 甲午の年は持統八年(六九四年)。養米は、衛士、仕丁などに支給される国養物と関連をもつものか。関連史料はなく不詳。阿具比里は『倭名鈔』の尾張国智多郡英比郷か。 | |
DOI | http://doi.org/10.24484/mokkanko.6AJEKM35000103 |
■研究文献情報
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