2025年8月20日水曜日

木簡「養米」と「六升」考ーー知多郡の事例

 遺跡から出土する荷札木簡の中に、

*「養米」と「六斗」

の記述を見る。

この「六斗」とは何かを考えていたが、ふと気づいたのは、

以下の記事を見たからである。

>>甲午の年は持統八年(六九四年)。養米は、衛士、仕丁などに支給される国養物と関連をもつものか。関連史料はなく不詳。阿具比里は『倭名鈔』の尾張国智多郡英比郷か。


今、地名の比定は後日に論じると約束して、「養米は、衛士、仕丁などに支給される国養物」という指摘である。

『延喜式』主計上の規定では、米の場合、衛士、仕丁などに支給された量は1日あたり2升であった。したがって一か月では、30日ある大の月は6斗、29日の小の月の場合は5斗8升となる。したがって、

甲午年九月十二日知田評・阿具比里五□〔木ヵ〕部皮嶋□養米六斗」

とは、甲午年九月が大の月であったと判明する。


URLhttps://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/6AJEKM35000103
木簡番号162
本文・甲午年九月十二日知田評・阿具比里五□〔木ヵ〕部皮嶋□養米六斗
寸法(mm)213
28
厚さ4
型式番号031
出典荷札集成-32(飛20-26下・奈文研年報1999-1・藤原宮1-162・飛2-9下(67))
文字説明 
形状中央やや下よりで二片分離、上削り、下削り、左削り、右削り。上下両端裏側を面取りする。
樹種ヒノキ科♯
木取り追柾目
遺跡名藤原宮跡北面中門地区
Fujiwara Palace Site (Northern Side of the Central Gate Sector)
所在地奈良県橿原市醍醐町
調査主体奈良国立文化財研究所飛鳥藤原宮跡発掘調査部
Department of Asuka and Fujiwara Palace Sites Investigations, Nara National Research Institute for Cultural Properties
発掘次数藤原宮第18次
遺構番号SD145
地区名6AJEKM35
内容分類荷札
国郡郷里尾張国智多郡英比郷尾張国知田評阿具比里
人名五(木)部皮嶋
和暦(甲午年)持統8年9月12日
西暦694(年), 9(月), 12(日)
遺構の年代観694-710
木簡説明甲午の年は持統八年(六九四年)。養米は、衛士、仕丁などに支給される国養物と関連をもつものか。関連史料はなく不詳。阿具比里は『倭名鈔』の尾張国智多郡英比郷か。
DOIhttp://doi.org/10.24484/mokkanko.6AJEKM35000103

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