個人による調貢進として、著名な木簡がある。
*「若狭国遠敷郡青郷秦人安古御調塩三斗」
・「 ■■■■ 」(木補三五)
である。
ここで関心を引くのは、「秦人安古」の分解である。可能性としては、次の3種類。
1,秦人+安古
2,秦+人安古
3,秦人安+古
上記の3種の読みのうち、「秦人+安古」の読みに軍配を上げたいのも、「秦人」の2文字の結合は離れがたいと考えるからである。
さて、その若狭国遠敷郡青郷に半島系渡来人の「秦氏」が居住していたこと、そして一人単独で調貢献できる財力を有していたことに注目したい。
とはいえ、「安古」にも音をあげる理由は、「安+古」と分析できたとしても、とても「秦人+(姓)安氏+(名)古」とは考え難いからである。
資料①から判断して、丁酉年、即ち文武元年(六九七年)以前から若狭国遠敷郡(小丹生評)青郷(丹生里)に居住する半島系渡来人秦氏も姓を有しなかったと理解するしかない。
逆に言えば、「秦人」の呼び名で何の不都合がなかったと言えよう。
後考を俟つ。
<資料①>
URL | https://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/6AJEKM32000124 | |
---|---|---|
木簡番号 | 182 | |
本文 | 丁酉年/若佐国小丹〈〉生里/秦人□□□〔己ヵ〕○二斗∥ | |
寸法(mm) | 縦 | 131 |
横 | 16 | |
厚さ | 3 | |
型式番号 | 011 | |
出典 | 荷札集成-117(![]() ![]() | |
文字説明 | 「酉」は異体字を使用。 | |
形状 | 上削り、下削り、左削り、右削り。上下両端緩やかな圭頭形。 | |
樹種 | ヒノキ科♯ | |
木取り | 追柾目 | |
遺跡名 | 藤原宮跡北面中門地区 Fujiwara Palace Site (Northern Side of the Central Gate Sector) | |
所在地 | 奈良県橿原市醍醐町 | |
調査主体 | 奈良国立文化財研究所飛鳥藤原宮跡発掘調査部 Department of Asuka and Fujiwara Palace Sites Investigations, Nara National Research Institute for Cultural Properties | |
発掘次数 | 藤原宮第18次 | |
遺構番号 | SD145 | |
地区名 | 6AJEKM32 | |
内容分類 | 荷札 | |
国郡郷里 | 若狭国遠敷郡丹生郷〈若狭国小丹生評□生里〉 | |
人名 | 秦人□□(己) | |
和暦 | (丁酉年)文武1年 | |
西暦 | 697(年) | |
遺構の年代観 | 694-710 | |
木簡説明 | 丁酉の年は文武元年(六九七年)にあたる。腐蝕がはなはだしく下半分は墨がおいにくい。 | |
DOI | http://doi.org/10.24484/mokkanko.6AJEKM32000124 |
■研究文献情報
<資料②>
URL | https://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/6AADEL27000102 | |
---|---|---|
木簡番号 | 0 | |
本文 | ・若狭国遠敷郡/青郷秦人安古/御調塩三斗∥・○〈〉 | |
寸法(mm) | 縦 | 163 |
横 | 28 | |
厚さ | 5 | |
型式番号 | 011 | |
出典 | ![]() | |
文字説明 | ||
形状 | ||
樹種 | ||
木取り | ||
遺跡名 | 平城宮内裏東方東大溝地区 Heijō Palace (Royal Residence, Eastern Side, Eastern Big Ditch Sector) | |
所在地 | 奈良県奈良市佐紀町 | |
調査主体 | 奈良国立文化財研究所平城宮跡発掘調査部 Department of Heijō Palace Site Investigations, Nara National Research Institute for Cultural Properties | |
発掘次数 | 172 | |
遺構番号 | SD2700 | |
地区名 | 6AADEL27 | |
内容分類 | 荷札 | |
国郡郷里 | 若狭国大飯郡阿遠郷〈若狭国遠敷郡青郷〉 | |
人名 | 秦人安古 | |
和暦 | ||
西暦 | ||
遺構の年代観 | 710-790 | |
木簡説明 | ||
DOI | http://doi.org/10.24484/mokkanko.6AADEL27000102 |
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