2026年9月14日月曜日

五味晋先生との対話:『出雲国計会帳』を「一道」で読む

『出雲国計会帳』を「一道」で読む

――五味先生との対話から生まれた15項目方式

1 「重箱の隅」に穴を開ける

五味晋先生:
僕が紹介する前に、すでに市大樹さんの論文を読んでいたので、少し驚いたよ。最近、頑張っているね。

私:
ありがとうございます。

最近、『出雲国計会帳』を読み直しているのですが、先生から以前いただいた山陰道節度使、多治比県守についてのアドバイスが、思いのほか大きかったんです。

それまで私は、節度使を、

「出雲国に命令を出した軍事官」

くらいに考えていました。ところが、計会帳を一つ一つ追っていくと、どうもそれでは収まりません。

節度使から出雲国へ、

  • 人事
  • 兵士
  • 武器
  • 馬
  • 布帛
  • 輸送
  • 烽
  • 公文書
  • 規程
  • 使者

に関する文書が送られている。一方、出雲国から節度使へも、解文などが送られている。

すると、節度使を単独の「軍事官」として見るより、

節度使を核として、人・物・情報・公文書が動くネットワーク

として見た方がよいのではないか、と思い始めました。

五味晋先生:
そうだね。

ただ、「ネットワーク」と言うだけでは、まだ抽象的すぎる。誰が、いつ、誰に、何を送り、それがどうなったのか。そこまで追ってみたらどうだい。

私:
つまり、

誰が命令を書いたのか
↓
誰が運んだのか
↓
どこを通ったのか
↓
誰が受け取ったのか
↓
何を処理したのか
↓
その結果、次にどんな文書が生まれたのか

まで追う。

五味晋先生:
そう。

制度としての「節度使」ではなく、

節度使という制度が、実際に仕事をした瞬間

を捕まえるんだ。

私:
なるほど。

先生が以前おっしゃった、

「重箱の隅もつついている感じがしても、錐で穴が開いたならば、そこから抜け出た世界は広い。その感動だよ、勉強は」

という言葉を思い出しました。

五味晋先生:
本気でそう思っているのかい?

私:
……疑われていますね(笑)。


2 まず「一道」に切ってみる

私:
そこで、計会帳を読む方法を変えてみました。全体をいきなり推計するのではなく、現存する記事を一つずつ切り出す。

まずは、まとまっている

「節度使符参拾弐条」

を取り上げました。

32条です。

たとえば、

天平五年八月二十日
符壱道
〈国造帯意宇郡大領外正六位上勲十二等出雲臣広嶋追状〉
以八月廿五日到国

とある。

これなら、

8月20日発信 → 8月25日到着

という一本の動きを確認できます。

そこで私は、これを、

S02=一道001

のように登録していくことにしました。

五味晋先生:
それはいい。

ただし、「一道」という言葉を、すぐに「一本の道路」と理解してはいけないよ。

私:
はい。

そこは重要だと思っています。

計会帳に「壱道」と記載されていること自体を、まずデータとして保存する。

「一道」が具体的にどのような送達単位なのかは、その後に考える。

五味晋先生:
その方がいい。

史料に書いてあることと、君の解釈を最初から混ぜないことだ。


3 「四巻二紙」をどう数えるか

五味晋先生:
では、少し難しい問題を出そう。

「申送公文肆巻弐紙」

これはどう数える?

私:
……。

これは、いきなり「六通」と数えてはいけないですね。

「四巻二紙」は、少なくとも、

  • 記事
  • 文書
  • 巻
  • 紙

という異なる単位を含んでいます。

したがって、

記事単位
文書単位
巻単位
紙単位

を分けて記録した方がよい。

五味晋先生:
そう。

そして、「一道」と「巻」と「紙」を同じ数字にしてはいけない。

これは後で非常に重要になる。

私:
そこで、データベースでは、

「何の記事か」
「何道か」
「何巻か」
「何紙か」

を別フィールドにすることにしました。


4 まず32道を並べてみる

私:
実際に32道を並べてみると、面白いことが分かってきました。

例えば、

8月20日発 → 8月25日着

は5日。

一方、

3月25日発 → 4月1日着

は7日。

さらに、

2月5日発 → 3月23日着

は46日。

そして、

4月12日発 → 5月22日着

は40日。

五味晋先生:
ずいぶん違うね。

私:
はい。

だから、

「節度使から出雲まで○日で届いた」

と平均値だけを出してしまうのは危険です。

むしろ、

なぜ46日なのか。
なぜ7日なのか。
なぜ40日なのか。

を調べなければならない。

五味晋先生:
その通り。

「平均」を出す前に、「異常値」を見なさい。

異常値には、行政の仕組みが隠れているかもしれない。

私:
まさに、先生の言う「錐の穴」ですね。

5 「一道」を並べると、文書がつながってくる

私:
さらに面白いのは、同じ人物や同じ案件について、複数の文書が現れることです。

例えば巨勢朝臣首名。

8月20日には、

介正六位上勲十二等巨勢朝臣首名鎮所参向事

という記事がある。

そして後には、

介正六位上勲十二等巨勢朝臣首名事訖却還任所状

が出てくる。

つまり、

参向
↓
任務
↓
事訖
↓
帰還

という一連の行政過程を考えられる。

五味晋先生:
そこだよ。

一通ずつ読むだけでは、「別々の記事」に見える。

しかし、人物や案件をキーにして結び直せば、

一つの行政案件が複数の文書を発生させた

ことが見えてくる。

私:
だから「次に発生した文書」という項目が必要になる。


6 「烽」を追う

私:
その典型が烽です。すでに先行研究もあるが、

例えば、

3月3日
「応置烽処状」

さらに、

3月25日
「置烽期日辰放烽試互告知隠伎相共試状」

4月1日到着。

そして、

4月6日
「出雲隠伎二国応置烽状」

4月12日到着。

さらに出雲側から、

「出雲与神門弐郡置烽三処申送事」

と送っている。

そして、

「烽相試状」

も現れる。

五味晋先生:
つまり、

命令
↓
実施
↓
試験
↓
結果報告

という流れが見える可能性がある。

私:
そうなんです。

一つ一つの「一道」をバラバラに数えるだけではなく、

一つの行政案件が何本の文書を生み出したか

を見る。

これが今回の一番大きな発見かもしれません。


7 12項目から始める

私:
そこで、最初は12項目にしました。

① 発信日
② 到着日
③ 発信主体
④ 作成官司
⑤ 宛先
⑥ 文書形式
⑦ 内容
⑧ 道数
⑨ 携行者
⑩ 経路
⑪ 到着後の処理
⑫ 次に発生した文書

五味晋先生:
うん。

でも、実際に史料を切り始めると、もう二つ必要になってくる。

私:
何でしょう?

五味晋先生:

⑬ 証拠の強さ

例えば、

  • A=計会帳に明記
  • B=他記事との照合でほぼ確実
  • C=有力推定
  • D=仮説

だ。

これを入れておかないと、あとで、

「これは史料に書いてあるのか?」

が分からなくなる。

私:
確かに。

そしてもう一つは、

⑭ 文書の状態

ですね。

  • 現存記事
  • 欠損
  • 断簡
  • 前後欠
  • 文書束
  • 巻
  • 紙
  • 道数明記

など。

五味晋先生:
そう。

史料の状態もデータにしておいた方がいい。


8 最後の一項目

私:
ところが、ここで私は迷いました。

12項目の中に、

⑪ 到着後の処理

があります。

ところが、実際に追跡してみると、

「文書を受け取った」

ことと、

「その文書によって人や物や別の文書が動いた」

ことは、どうも同じではない。

五味晋先生:
そこは分けた方がいい。

私:
例えば、

節度使符
↓
出雲国に到着
↓
国府が受領
↓
人を召喚
↓
伝馬を出す
↓
返答文書を作る
↓
節度使へ申送る

という場合、

「到着後の処理」と「その結果として起こった行政行為」は違います。

五味晋先生:
その通り。

だから、

⑪ 到着後の処理

文書そのものがどう扱われたか

と、

⑮ 到着後の行政行為

その文書を契機として、人・物・金・情報・別の文書がどう動いたか

を分けたらいい。

私:
なるほど。

そうすると、この研究の対象は単なる「文書物流」ではなくなります。

文書が行政行為に変わる瞬間

を追える。

五味晋先生:
そういうことだ。


9 15項目「一道データ・フォーマット」

私:
では、最終的にこうしましょう。

No.項目何を見るか
①発信日文書が発信された日
②到着日相手側への到着日
③発信主体節度使・国司・中央官司・他国など
④作成官司実際の文書作成主体
⑤宛先文書の受信主体
⑥文書形式符・解・移など
⑦内容文書が扱う案件
⑧道数「壱道」「弐道」など
⑨携行者使・駅使・大帳使など
⑩経路確認できる送達経路
⑪到着後の処理受領・確認・保管・回答など
⑫次に発生した文書当該案件に続く文書
⑬証拠の強さA~D
⑭文書の状態完存・断簡・欠損・束・巻・紙など
⑮到着後の行政行為人・物・金・情報・文書に生じた変化

五味晋先生:
これならいい。

そして大事なのは、最初から全部埋めようとしないことだ。

分からなければ、

「不明」

でいい。

推定なら、

「C」

と書けばいい。

私:
つまり、

空欄を恐れない。

五味晋先生:
そう。

分からないことを「分からない」と記録するのも、研究だよ。


10 「計会帳」の数字は最後に出す

私:
では、作業手順も決まりました。

第一段階
現存する記事を一つずつ「一道」に分解する。

↓

第二段階
発信日・到着日を付ける。

↓

第三段階
発信主体・作成官司・宛先・携行者を特定する。

↓

第四段階
同一人物・同一案件について文書を結び直す。

↓

第五段階
文書の連鎖から、行政行為を復元する。

↓

第六段階
最後に、公文書の総数や送達量を集計する。

五味晋先生:
それでいい。

数字は最初に決めるものではない。

データを作った結果として、数字が出てくる。

私:
なるほど。

そうすると、最終的に問えるのは、

「天平五~六年、出雲国府では何通の公文書が動いたのか」

だけではない。

むしろ、

「その公文書は、何のために動いたのか」

です。

五味晋先生:
そうだね。

そして、その先にもっと大きな問いがある。

文書は、行政の中で何をしたのか。

私:
……。

それは、かなり大きな問いですね。

五味晋先生:
だから面白いんだよ。


11 「一道」から見えてくるもの

『出雲国計会帳』を15項目の「一道データ・フォーマット」に置き換えると、計会帳は単なる文書の発送記録ではなくなる。

一つ一つの文書について、

発生
↓
発信
↓
移動
↓
到着
↓
受領・処理
↓
行政行為
↓
次の文書

という過程を追跡できるからである。

そして、ここから初めて、

「制度としての律令国家」ではなく、「文書を送り、人を動かし、物を動かし、返答を求め、確認し、次の文書を生み出す国家」

という、もう一つの律令国家像が見えてくるかもしれない。

私はこれを、仮に、

「現場のロジック」「現場の行政」

と呼んでみたい。「一道」とは、単なる文書の数え方ではない。

それは、

一つの行政情報が、どこから生まれ、誰によって運ばれ、誰に届き、何を動かし、次の情報を生み出したのか

を追跡するための、最小の分析単位なのである。

そして、この15項目方式を、私は正式に、

「一道データ・フォーマット」

と呼ぶことにしたい。

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