2026年9月6日日曜日

「摂津国正税帳」を読むーー「正税帳の会計アルゴリズム」

 『摂津国正税帳』断簡の冒頭は、

都合定穀陸仟弐伯漆拾陸斛伍斗捌升陸合
〈振入五百七十斛五斗九升九合〉

そして、

定伍仟漆伯伍斛玖斗捌升漆合
不動弐仟捌伯弐拾肆斛伍斗玖升
動用弐仟捌伯捌拾壱斛参斗玖升漆合

とある。ここで非常に重要なのは、本正税帳において、

   「都合定穀」=「振入」+「定」

という計算構造が明瞭に見えることである。実際、

5,705斛9斗8升7合+570斛5斗9升9合=6,276斛5斗8升6合

となる。この帳簿は単に「倉庫にこれだけあった」というレポートではなく、

当該郡で確定した穀+他所から振り入れられた穀=当該会計単位で扱うべき総穀量

という会計上の組み替えを記録したといえるだろう。

 次に興味深いのは、他の正税帳にも記述されており、摂津国でも、

振入

という項目が明記されている用語に注目したい。摂津国における郡の穀倉は、

    収穫・徴収 → 郡倉 → そこで完結

という閉じたシステムではなく、むしろ、A地点からB地点へ穀を移す→ B地点の帳簿に「振入」として計上するという、

  郡を越えた物流・会計ネットワーク

になっていると考えるべきではないだろうか。したがって正税帳を読むとき、「この郡には何斛あったか」だけでは不十分であり、「その穀はどこから来て、どこへ振り替えられたのか」を見る必要がある。

3 「定→不動+動用」

最初のデータは、

定 5705斛987
不動 2824斛59
動用 2881斛397

である。これも、

2,824.59 + 2,881.397 = 5,705.987

で完全に一致する。つまり、

定穀=不動穀+動用穀

という明確な二分構造となっている。この点を注目することで、私たち正税帳を単なる「財産目録」と見るより、「穀を用途・管理状態によって再分類する帳簿」だと考えたい。

つまり、

穀を数える
↓
総量を確定する
↓
不動・動用に振り分ける

という会計処理の工程が見えてくると信じる。


4 ところが西成郡では、さらに一段階複雑になる

一方、西成郡を見ると、

天平七年定穀壱万弐仟弐伯弐拾肆斛……

その内訳が、

不動 4331斛7斗8升9合
動用 7892斛8斗7升1合7夕5撮

である。ところがその後、

量乗陸拾漆斛壱斗参升陸合壱夕伍撮

が上げられている。そして、

合漆仟玖伯陸拾斛漆合玖夕

となる。そこで、再検討すべきは、「動用」という大きなカテゴリーの内部で、さらに計量・処理を行った痕跡があることに注目するからである。つまり帳簿の世界は、

定穀
↓
不動/動用

で終わらずに、動用穀についても、実際の計量・処理を経て次の数字が作られているからである。これは「正税帳=最終結果だけを書く帳簿」という一面的な理解に疑問を投げかける。


5 「高年・鰥寡惸独……」は「社会福祉」ではない

西成郡には、

高年鰥寡惸独等人伍伯拾参人

として、

九十歳已上十三人
八十歳已上四十四人
七十歳已上二百三人
鰥寡惸独篤疾癈疾不能自存等二百三十五人
今病七人
病僧十一人

とある。合計すると、513人。そして彼らには、

給穀肆伯伍拾玖斛壱斗

つまり459.1斛を給付している。そこで発想の転換を求めたいのは、この事業を単なる「社会福祉関連記事」と見てはならないことである。正税帳の中では、

    人的情報 → 給付対象者数 → 給付穀量

という形で、人間が財政計算の入力データに変換されている。だから、我々は以前から繰り返し述べてきたように、「正税帳を情報処理システムとして読む」という視点の有効性を傍証する。

6 「人」と「穀」が同じ帳簿の中で接続

西成郡の記事を改めて見直すと、

人の把握

↓

513人

↓

給付基準による計算

↓

459斛1斗

↓

穀倉からの支出

となる。

つまり正税帳は、

穀の帳簿

であると同時に、

人間を数量化し、それを穀の支出に変換する帳簿

でもある。これは「律令国家の救済政策」という政治史的説明だけで予断してはならないと、自らを戒める点である。

7 「遺」とは

西成郡では、

遺壱万壱仟捌伯参拾弐斛陸斗玖升陸合玖夕

とある。そして、

振入一千七十五斛六斗九外九合九夕

を付す。さらに、

定壱万漆伯伍拾陸斛玖斗玖升漆合
不動参仟玖伯参拾漆斛玖斗玖升
動用陸仟捌伯壱拾玖斛漆合

となる。

ここで、

3,937.99 + 6,819.7 = 10,757.69

となり、「定」の数字と対応します。つまり、

遺=振入+定

という前年からの繰越・残存量と当年の計上量を結合する構造が見えるように、帳簿内の設計がなされている。


8 「正税帳の時間構造」

正税帳は一時点の写真とか、定点測定記事ではないことを、もう一度思い返したい。むしろ、

前年度からの「遺」

↓

当年度の「定」

↓

振入・振出などの移動

↓

不動/動用への再分類

↓

給付・酒・雑用などの支出

↓

最終的な「遺」

という「一年間の財政活動を処理した動態的な帳簿」なのではないかと考えるのが、妥当だと思う。この認識に立ては、正税帳は「在庫表」というより、

「年度をまたいで穀の状態変化を追跡するフロー・レコード」

だと思い到る。

9 酒が入っているのも重要

最初の郡には、

県醸酒弐拾弐斛漆斗捌升
〈新五斛古十七斛七斗八升〉

さらに、

役民料酒弐拾伍斛〈古〉

西成郡では、

県醸酒弐拾斛陸斗伍升
役民料酒参拾斛

とある。この「酒」は単なる物品記事ではなく、「新/古」

という時間情報を持っています。

そして、

県醸酒

と

役民料酒

が区別される。

つまり、酒についても、

何のための酒か
新しいのか古いのか
どれだけあるか

という用途別・状態別管理が行われている。これは倉庫管理の発想そのものである


10 さらに「正倉11間」は帳簿と現物の接点

最初の郡では、

正倉壱拾壱間

そして、

不動穀倉三間
動用穀倉三間
納義倉一間
穎倉二間
破倉一間

とある。我々の視点から言えば、

会計上の分類

と

物理的な倉庫

が対応していると定める。つまり、

帳簿上の分類物理的施設
不動穀不動穀倉
動用穀動用穀倉
義倉義倉
穎稲穎倉
破損倉破倉

という構造となっているからである。

これは「帳簿上の数字」が宙に浮いた数字ではなく、実際の倉庫空間を反映している可能性を強く示す。

11 私の「作業仮説」

以上の検討を踏まえて、摂津国正税帳を通して、私は一つ作業仮説を出したい。

正税帳は、単なる決算書ではなく、郡衙における「物・人・用途・時間・移動」を統合して記録した行政情報の最終統合帳簿だったのではないか。

もう少し大胆に言えば、

  正税帳の基本単位は「穀」ではない。

我々の観点からすれば、

  「穀が、誰によって、どこから来て、どの倉に入り、どの用途に分類され、誰に給付さ

  れ、何として支出され、年度末にどこへ残ったか」

という履歴情報だと考える。

 かって、我々は畝田・寺中木簡について、

現場で情報を取得
→ 照合
→ 集計
→ 帳簿に再編成
→ 提出

というモデルを考案した。ところが摂津国正税帳を見ると、その最終段階の「再編成された情報」を認められる。すると次の問題が生まれます。

この巨大な数字は、現場でどのような原資料から作られたのか?

例えば、

   513人

という数字が突然現れるわけではありません。

現場では、

  • 年齢
  • 身体状況
  • 家族状態
  • 僧侶か否か
  • 給付対象か否か

などが把握され、それを集計して、513人という数字になったはずである。それと同様に、

  12,224斛……

という数字も、倉ごとの実在量・移動量・計量結果などを集積した最終数字だと推論できる。

13 摂津国正税帳から見る「新しい問い」

越前国郡稲帳では、

「この帳簿の背後にどのような業務があったか」

を考えたが、摂津国正税帳では、さらに一歩進めて、

「この最終数字が成立するまでに、何種類の作業記録が存在したのか」

を問うこととしたい。次のような「情報生成モデル」を試してみたいからにほかならない。

現場

人員把握・穀量計量・倉庫管理・移送・醸酒・給付

↓

中間記録

人別集計・倉別集計・移送記録・支出記録

↓

郡衙での照合

↓

郡帳

↓

国府での統合

↓

摂津国正税帳

↓

中央官衙への提出

こう見ると、正税帳は「国家財政の帳簿」というより、

 *「古代国家が大量の現場情報を一つの数字体系に圧縮するための「情報圧縮装置」

だった、と定義づけたい。

  今後の課題であるが、摂津国正税帳の各郡について、

①「定」
②「不動」
③「動用」
④「遺」
⑤「振入」
⑥「量乗」
⑦「穎稲」
⑧「酒」
⑨「雑用稲」
⑩「倉」

を全部拾って、数字の相互関係を一つずつ計算してみることで、単なる史料読解ではなく、

「摂津国正税帳の会計アルゴリズム」

が浮かび上がる可能性にきづく。そうすると、史料の方から研究者に対して、古代に関するParadigm Change を要求するはずである。

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