『摂津国正税帳』断簡の冒頭は、
都合定穀陸仟弐伯漆拾陸斛伍斗捌升陸合
〈振入五百七十斛五斗九升九合〉
そして、
定伍仟漆伯伍斛玖斗捌升漆合
不動弐仟捌伯弐拾肆斛伍斗玖升
動用弐仟捌伯捌拾壱斛参斗玖升漆合
とある。ここで非常に重要なのは、本正税帳において、
「都合定穀」=「振入」+「定」
という計算構造が明瞭に見えることである。実際、
5,705斛9斗8升7合+570斛5斗9升9合=6,276斛5斗8升6合
となる。この帳簿は単に「倉庫にこれだけあった」というレポートではなく、
当該郡で確定した穀+他所から振り入れられた穀=当該会計単位で扱うべき総穀量
という会計上の組み替えを記録したといえるだろう。
次に興味深いのは、他の正税帳にも記述されており、摂津国でも、
振入
という項目が明記されている用語に注目したい。摂津国における郡の穀倉は、
収穫・徴収 → 郡倉 → そこで完結
という閉じたシステムではなく、むしろ、A地点からB地点へ穀を移す→ B地点の帳簿に「振入」として計上するという、
郡を越えた物流・会計ネットワーク
になっていると考えるべきではないだろうか。したがって正税帳を読むとき、「この郡には何斛あったか」だけでは不十分であり、「その穀はどこから来て、どこへ振り替えられたのか」を見る必要がある。
3 「定→不動+動用」
最初のデータは、
定 5705斛987
不動 2824斛59
動用 2881斛397
である。これも、
2,824.59 + 2,881.397 = 5,705.987
で完全に一致する。つまり、
定穀=不動穀+動用穀
という明確な二分構造となっている。この点を注目することで、私たち正税帳を単なる「財産目録」と見るより、「穀を用途・管理状態によって再分類する帳簿」だと考えたい。
つまり、
穀を数える
↓
総量を確定する
↓
不動・動用に振り分ける
という会計処理の工程が見えてくると信じる。
4 ところが西成郡では、さらに一段階複雑になる
一方、西成郡を見ると、
天平七年定穀壱万弐仟弐伯弐拾肆斛……
その内訳が、
不動 4331斛7斗8升9合
動用 7892斛8斗7升1合7夕5撮
である。ところがその後、
量乗陸拾漆斛壱斗参升陸合壱夕伍撮
が上げられている。そして、
合漆仟玖伯陸拾斛漆合玖夕
となる。そこで、再検討すべきは、「動用」という大きなカテゴリーの内部で、さらに計量・処理を行った痕跡があることに注目するからである。つまり帳簿の世界は、
定穀
↓
不動/動用
で終わらずに、動用穀についても、実際の計量・処理を経て次の数字が作られているからである。これは「正税帳=最終結果だけを書く帳簿」という一面的な理解に疑問を投げかける。
5 「高年・鰥寡惸独……」は「社会福祉」ではない
西成郡には、
高年鰥寡惸独等人伍伯拾参人
として、
九十歳已上十三人
八十歳已上四十四人
七十歳已上二百三人
鰥寡惸独篤疾癈疾不能自存等二百三十五人
今病七人
病僧十一人
とある。合計すると、513人。そして彼らには、
給穀肆伯伍拾玖斛壱斗
つまり459.1斛を給付している。そこで発想の転換を求めたいのは、この事業を単なる「社会福祉関連記事」と見てはならないことである。正税帳の中では、
人的情報 → 給付対象者数 → 給付穀量
という形で、人間が財政計算の入力データに変換されている。だから、我々は以前から繰り返し述べてきたように、「正税帳を情報処理システムとして読む」という視点の有効性を傍証する。
6 「人」と「穀」が同じ帳簿の中で接続
西成郡の記事を改めて見直すと、
人の把握
↓
513人
↓
給付基準による計算
↓
459斛1斗
↓
穀倉からの支出
となる。
つまり正税帳は、
穀の帳簿
であると同時に、
人間を数量化し、それを穀の支出に変換する帳簿
でもある。これは「律令国家の救済政策」という政治史的説明だけで予断してはならないと、自らを戒める点である。
7 「遺」とは
西成郡では、
遺壱万壱仟捌伯参拾弐斛陸斗玖升陸合玖夕
とある。そして、
振入一千七十五斛六斗九外九合九夕
を付す。さらに、
定壱万漆伯伍拾陸斛玖斗玖升漆合
不動参仟玖伯参拾漆斛玖斗玖升
動用陸仟捌伯壱拾玖斛漆合
となる。
ここで、
3,937.99 + 6,819.7 = 10,757.69
となり、「定」の数字と対応します。つまり、
遺=振入+定
という前年からの繰越・残存量と当年の計上量を結合する構造が見えるように、帳簿内の設計がなされている。
8 「正税帳の時間構造」
正税帳は一時点の写真とか、定点測定記事ではないことを、もう一度思い返したい。むしろ、
前年度からの「遺」
↓
当年度の「定」
↓
振入・振出などの移動
↓
不動/動用への再分類
↓
給付・酒・雑用などの支出
↓
最終的な「遺」
という「一年間の財政活動を処理した動態的な帳簿」なのではないかと考えるのが、妥当だと思う。この認識に立ては、正税帳は「在庫表」というより、
「年度をまたいで穀の状態変化を追跡するフロー・レコード」
だと思い到る。
9 酒が入っているのも重要
最初の郡には、
県醸酒弐拾弐斛漆斗捌升
〈新五斛古十七斛七斗八升〉
さらに、
役民料酒弐拾伍斛〈古〉
西成郡では、
県醸酒弐拾斛陸斗伍升
役民料酒参拾斛
とある。この「酒」は単なる物品記事ではなく、「新/古」
という時間情報を持っています。
そして、
県醸酒
と
役民料酒
が区別される。
つまり、酒についても、
何のための酒か
新しいのか古いのか
どれだけあるか
という用途別・状態別管理が行われている。これは倉庫管理の発想そのものである
10 さらに「正倉11間」は帳簿と現物の接点
最初の郡では、
正倉壱拾壱間
そして、
不動穀倉三間
動用穀倉三間
納義倉一間
穎倉二間
破倉一間
とある。我々の視点から言えば、
会計上の分類
と
物理的な倉庫
が対応していると定める。つまり、
| 帳簿上の分類 | 物理的施設 |
|---|---|
| 不動穀 | 不動穀倉 |
| 動用穀 | 動用穀倉 |
| 義倉 | 義倉 |
| 穎稲 | 穎倉 |
| 破損倉 | 破倉 |
という構造となっているからである。
これは「帳簿上の数字」が宙に浮いた数字ではなく、実際の倉庫空間を反映している可能性を強く示す。
11 私の「作業仮説」
以上の検討を踏まえて、摂津国正税帳を通して、私は一つ作業仮説を出したい。
正税帳は、単なる決算書ではなく、郡衙における「物・人・用途・時間・移動」を統合して記録した行政情報の最終統合帳簿だったのではないか。
もう少し大胆に言えば、
正税帳の基本単位は「穀」ではない。
我々の観点からすれば、
「穀が、誰によって、どこから来て、どの倉に入り、どの用途に分類され、誰に給付さ
れ、何として支出され、年度末にどこへ残ったか」
という履歴情報だと考える。
かって、我々は畝田・寺中木簡について、
現場で情報を取得
→ 照合
→ 集計
→ 帳簿に再編成
→ 提出
というモデルを考案した。ところが摂津国正税帳を見ると、その最終段階の「再編成された情報」を認められる。すると次の問題が生まれます。
この巨大な数字は、現場でどのような原資料から作られたのか?
例えば、
513人
という数字が突然現れるわけではありません。
現場では、
- 年齢
- 身体状況
- 家族状態
- 僧侶か否か
- 給付対象か否か
などが把握され、それを集計して、513人という数字になったはずである。それと同様に、
12,224斛……
という数字も、倉ごとの実在量・移動量・計量結果などを集積した最終数字だと推論できる。
13 摂津国正税帳から見る「新しい問い」
越前国郡稲帳では、
「この帳簿の背後にどのような業務があったか」
を考えたが、摂津国正税帳では、さらに一歩進めて、
「この最終数字が成立するまでに、何種類の作業記録が存在したのか」
を問うこととしたい。次のような「情報生成モデル」を試してみたいからにほかならない。
現場
人員把握・穀量計量・倉庫管理・移送・醸酒・給付
↓
中間記録
人別集計・倉別集計・移送記録・支出記録
↓
郡衙での照合
↓
郡帳
↓
国府での統合
↓
摂津国正税帳
↓
中央官衙への提出
こう見ると、正税帳は「国家財政の帳簿」というより、
*「古代国家が大量の現場情報を一つの数字体系に圧縮するための「情報圧縮装置」
だった、と定義づけたい。
今後の課題であるが、摂津国正税帳の各郡について、
①「定」
②「不動」
③「動用」
④「遺」
⑤「振入」
⑥「量乗」
⑦「穎稲」
⑧「酒」
⑨「雑用稲」
⑩「倉」
を全部拾って、数字の相互関係を一つずつ計算してみることで、単なる史料読解ではなく、
「摂津国正税帳の会計アルゴリズム」
が浮かび上がる可能性にきづく。そうすると、史料の方から研究者に対して、古代に関するParadigm Change を要求するはずである。
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