律令期浮浪人研究の再検討と「課役国家」の構造
――岡崎玲子氏の所説に対する論評を契機として――
はじめに――「浮浪人」は国家から離脱した人間だったのか
日本古代律令国家における「浮浪」「浮浪人」「浪人」の問題は、従来、戸籍・計帳制度からの離脱、あるいは本貫地からの逃亡という文脈のなかで理解されてきた。しかし、ここで一つ、根本的な問いを立ててみたい。
「本貫を離れた人間は、本当に「国家から離脱した人間」だったのだろうか。」
むしろ逆ではないかという視点でも考えても良いのではないだろうか。そもそも本貫という従来の所属地から離脱した人間を、律令国家は完全に放置したわけではない。所在地においてこれを捕捉し、一定の条件のもとで帳簿に登載し、調庸その他の負担との関係を設定し直そうとした。
もしわれわれの理解が無理でないならば、「浮浪人」は単なる逃亡者ではない。分析視点を変えるならば、
「浮浪人」とは、本貫という従来の国家との接続点を失った人間を、国家が所在地を変えることによって、あらためて行政的・財政的秩序へ再接続した存在だったとのではないか。」
本稿の基本的な作業仮説はここにある。
この視点から見ると、浮浪人問題は、単なる逃亡者対策でも、制度上の身分区分の問題でもなくなる。それは、移動する人間を律令国家がいかに把握し、いかに再び国家的負担の体系へ接続したかという、国家の行政技術そのものの問題として浮かび上がってくる。
この問題を考えるうえで、岡崎玲子氏の研究は重要な出発点となる。岡崎氏は、「浮浪」「浮浪人」「浪人」という語を安易に同一視せず、それぞれの用語が置かれた法令上・行政上の文脈を精密に追跡し、八世紀から九世紀にかけて国家による人間把握の方式が変化していく過程を明らかにした。とりわけ、天平八年格を画期として、「浮浪人」が所在地において把握され、一定の負担を課される存在として制度的に位置づけられていく過程を明らかにした点は重要である。
しかし、その重要な成果を認めたうえで、なお本稿では三つの問題を指摘したい。それは単なる細部の異論ではない。むしろ、岡崎氏の制度史的研究が精密であるからこそ、その分析枠組みの外側に残された問題である。
本稿では、これをあえて、岡崎説に残された三つの致命的欠陥と呼ぶことを許していただきたい。
一 岡崎説に残された三つの致命的欠陥
1 第一の欠陥――「なぜ制度を変えなければならなかったのか」が問われていない
岡崎氏の研究は、「浮浪」から「浮浪人」、さらに「浪人」へと用語や制度がどのように変化したかを精密に跡づけている。しかし、ここで改めて問わなければならない。
なぜ律令国家は、そもそも浮浪人をめぐる制度を何度も変更しなければならなかったのか。
制度が変化したということと、その変化を国家に迫った社会的・行政的条件を説明することは別の問題である。たとえば、国家が当初、本貫への帰還を原則としながら、しだいに所在地における把握と負担の設定へと比重を移していったとすれば、その背後には、単なる法術語の発展では説明できない現実の変化が存在したはずである。
人口移動。
逃亡。
飢饉。
疫病。
自然災害
生活基盤の変化。
そして、本貫地と現実の居住地との乖離。こうした現実の変動が、従来の戸籍・計帳を基礎とする人間把握の方式にどのような負荷を与えたのか。この問いを抜きにして、制度の変化だけを追うならば、我々は制度の「変化」を知ることはできても、国家がなぜその制度変更を必要としたのかを知ることはできない。
ここに第一の欠陥がある。
2 第二の欠陥――「本貫への所属」と「国家的負担」の分離が見えていない
岡崎氏の研究が示す最も重要な論点の一つは、本貫を離れた人間が、所在地において新たに把握され、調庸その他の負担との関係を設定されるようになることである。しかし、ここで本当に重要なのは、単に「所在地で浮浪人を把握した」という事実ではない。
問題は、
本貫に所属することと、国家的負担を担うこととが、必ずしも同じ場所で処理されなくなった
という点にある。律令国家の基本的な人間把握は、本来、
本貫
↓
戸籍・計帳による把握
↓
負担の賦課
という一体的な構造を持っていたと考えられる。換言すれば、
所属=把握=負担
である。ところが、人間が本貫を離れ、他国・他郡に移住すると、この構造が崩れる。人間は本貫にはいない。しかし、現実には別の場所で生活している。国家から見れば、その人間は本貫において把握されている可能性がありながら、現実の行政処理は所在地で行わなければならない。
ここに、
「所属の秩序」と「負担の秩序」の分離
が生じる。本稿が重視するのは、この点である。浮浪人問題とは、単に「所属を失った人間」の問題ではない。むしろ、
所属の秩序から外れた人間を、国家がどのようにして負担の秩序へ再び接続するか
という問題だったのではないか。岡崎氏の研究は、この再把握の制度を精密に追跡した。
しかし、その制度変化を、
国家による「所属」と「負担」の切り分け
として捉える視点は、なお十分に展開されていない。
これが第二の欠陥である。
3 第三の欠陥――「浮浪人帳」は何をするための帳簿か
岡崎氏の研究では、浮浪人帳は、所在地において浮浪人を把握するための行政上の帳簿として重要な位置を占める。しかし、ここでも一歩踏み込む必要がある。浮浪人帳は、単に「浮浪人の名前を書き並べる帳簿」だったのだろうか。帳簿は、単に人間を記録するために存在するのではない。行政帳簿は、ある情報を行政処理可能な情報へ変換する装置である。浮浪人帳についても同じことが言えるのではないか。現地には、他国・他郡から来た人間が存在する。行政側は、その人間を発見する。
誰なのかを調べる。
どこから来たのかを確認する。
どの程度の期間、そこに居住しているのかを調べる。
生活基盤を持っているかを確認する。
家族はいるか
現地で婚姻関係を結んだか
そして、その人間にどのような負担を課すことが可能かを判断する。この一連の作業を経て、はじめてその人間は行政帳簿上の存在となる。したがって浮浪人帳は、単なる「人口名簿」ではない。むしろ、
本貫という既存の行政接続点から外れた人間を、所在地という新たな接続点において、再び国家の把握・負担体系へ組み込むための情報処理装置
として理解すべきではないか。
ここに第三の欠陥がある。
岡崎氏の研究は、浮浪人帳がいつ、どのような制度上の意味を持ったかを明らかにした。しかし、
その帳簿が行政実務のなかで、どのような「再接続作業」を可能にしたのか
という問題は、なお残されている。
二 天平年間の危機と「所属の秩序」の動揺
この問題を考えるうえで、天平七年から九年にかけてのパンデミック(天然痘)流行を無視することはできない。もちろん、パンデミックのみをもって浮浪人問題のすべてを説明することはできない。また、「天然痘によって戸籍・計帳制度が完全に崩壊した」と断定することもできない。
しかし、大規模な人口減少と社会的混乱が、従来の人間把握の仕組みに重大な負荷を与えた可能性は考慮する必要がある。重要なのは、天然痘を「唯一の原因」とすることではないものの、むしろ、
本貫を基礎として人間を把握する制度と、人間が現実に生活する場所との乖離が、天平年間の大規模な人口・社会変動によって急速に拡大した可能性
である。
本貫地に登録された人間が、現実にはそこにいない。ある地域では人口が減少する。
別の地域では外部から流入した人々が生活する。このような状況において、従来の「本貫に人がいる」という前提そのものが揺らぐ。ここで国家は、一つの選択を迫られた。
人間を本貫に戻すことを最優先するのか。
それとも、現実に人間が存在する場所で把握し、負担を設定するのか。
この選択が、浮浪人をめぐる一連の制度変更の背景にあったのではないか。
三 霊亀・天平・延暦――国家の選択は何だったのか
浮浪人をめぐる法令を一連の流れとして見ると、そこには一つの方向性が見えてくる。
それは、
本貫への帰還を軸とする人間把握から、所在地における人間把握と負担設定への比重移動
である。もちろん、この変化は一直線ではない。時期によって制度の内容も異なり、法令の適用範囲や具体的な行政処理にも差があったはずである。しかし、長期的な動きを見るならば、国家が本貫から離れた人間を、所在地において把握し直し、負担との関係を再設定しようとする方向は明瞭である。
ここで重要なのは、
国家が「浮浪人を許容した」のではない。
ということである。
国家は、人間の移動を自由に放置したわけではない。むしろ逆である。
本貫という従来の接続方式が機能しなくなった場合、新しい方式によって、その人間を国家の行政体系へ組み込もうとした。ここに、浮浪人を「逃亡者」としてのみ理解することの限界がある。
四 「所属の秩序」と「負担の秩序」
ここで、本稿の基本概念を整理しておきたい。律令国家は、人間を本貫地に所属させ、その所属を戸籍・計帳によって把握し、その把握を基礎として国家的負担を課した。
この状態を、我々は
所属の秩序
と呼び、一方、その人間が国家に対して調・庸・雑徭その他の負担を担う関係を、我々は
負担の秩序
と呼びたい。本来、この二つは一致していた。しかし、人間の移動によって、
所属地=A
現在地=B
という状態が生じる。すると、国家には二つの選択肢がある。
第一は、Aへ帰還させ、所属と負担を再び一致させる。
第二は、Bにおいて人間を把握し、Bを通じて負担との関係を設定する。
仮に後者が採用されるなら、ここで初めて、
所属の秩序と負担の秩序は分離する。
重要なのは、国家が所属を完全に放棄したということではない。国家は、
従来の所属を回復できない場合でも、人間そのものを負担の体系から離脱させない方法を探った
のである。ここに律令国家の現実主義がある。
五 浮浪人とは何者だったのか――「離脱者」から「再接続者」へ
ここで、本稿の中心仮説を明確に提示したい。従来、
浮浪人とは、本貫から離脱した人間
と理解されてきた。この定義に誤りはないとしても、この定義では、その後に国家が行った行政処理が説明できない。
①
本貫を離れた
②
しかし、国家はその人間を探す。
③
調査する。
④
帳簿に記載する。
⑤
所在地を確認する。
⑥
そして負担との関係を設定する。
これは何を意味するのか。本稿では、次のように取り扱う。
「浮浪人」とは、国家から離脱した人間ではない。
本貫という従来の国家との接続点を失った人間を、国家が所在地を変更することによって、あらためて国家の行政的・財政的秩序へ再接続した存在である。
この場合、「浮浪人」は固定的な身分概念としてのみ理解することはできない。むしろ重要なのは、
国家との接続状態
である。本貫にいる通常の戸籍人は、
本貫=所在地=把握=負担
という状態にある。一方、浮浪人は、
本貫≠所在地
となる。そこで国家は、
所在地→把握→帳簿→負担
という新たな接続経路を設定する。この意味で浮浪人とは、
「国家との接続方式を変更された人間」
であると言っても誤りではない。
六 「浮浪人帳」は再接続の装置だった
この視点から見ると、浮浪人帳の意味も変わる。従来の理解では、
浮浪人帳とは、浮浪人を記載した帳簿
である。しかし、それだけでは不十分であることは、上記した通りである。
浮浪人帳は、
人間の所在情報を、国家の行政情報へ変換する装置
であったと考える。確かに本貫から外れた人間は、既存の行政帳簿の枠組みだけでは処理しにくい。そのため所在地の行政機関は、その人間について新たな情報を作り出さなければならない。
誰か。
どこから来たか。
いつから住んでいるか。
生活の基盤を持つか。
誰と関係を持つか。
どのような負担を課すことが可能か。
こうした情報を確認し、記録し、帳簿へ再編成する。ここには、
把握→記録→分類→負担設定→徴収
という一連の行政処理が存在する。この観点から見るなら、浮浪人帳は、単なる「身分帳」ではない。
本貫から外れた人間を、所在地を通じて国家へ再接続するための行政装置
として理解すべきことを教える。この問題は、単に浮浪人帳の存在を確認するだけでは終わらない。今後は、
誰が情報を収集したのか。
どの段階で浮浪人帳へ登載されたのか。
その前段階にはどのような現場記録が存在したのか。
浮浪人帳の情報は、国府・中央へどのように伝達されたのか。
という、行政実務そのものの復元が必要になるだろう。
七 「課役国家」という作業仮説
以上の議論を踏まえ、本稿では律令国家について、
「課役国家」
という作業仮説を提示したい。ただし、この概念は、
「古代国家は課役しか徴収できなかった」
という意味ではない。また、「課役」を律令上の厳密な法的カテゴリーとしてのみ用いるものでもない。本稿で問題にするのは、
国家が、人間をいかに把握し、その人間をいかに国家的負担の体系へ接続し続けることができたのか
という問題である。律令国家にとって、人間を本貫に固定することは重要だった。しかし、それ以上に重要だったのは、人間を国家的負担の体系から完全に失わないことではなかったか。
人間が移動する。
本貫から離れる。
既存の戸籍・計帳の処理から外れる。
このとき、国家が本当に恐れたのは、人間の移動そのものではない。
その人間が国家の負担体系から完全に消えること
だったのではないだろうか。
だから国家は、所在地においてその人間を捕捉し、新しい帳簿へ登載し、再び負担との関係を設定した。この意味において、
律令国家とは、人間を把握し、その人間を国家的負担へ接続し続けることによって、自らを維持・再生産した国家
として理解できる。本稿では、この側面を強調するために、あえて「課役国家」という概念を提唱する。
八 「浮浪人」を中心とした国家接続のカテゴリー
この仮説を採用すると、浮浪人だけではなく、律令期に存在したさまざまな人間集団を、
国家との接続状態
という共通の軸で再分類できる可能性がある。
たとえば、第一に、
① 本貫・所在地・負担が一致する人
通常の戸籍人である。本貫=所在地=国家的把握=負担
という、もっとも安定した状態にある。
第二に、
② 移動したが、既存または公的な方法で国家との接続を維持する人
移住先において国家による把握が可能であり、負担との関係も維持される。
ここでは、「移動」そのものは国家からの離脱を意味しない。
第三に、
③ 本貫から離れ、所在地において新たに捕捉される人
これが浮浪人の典型である。本貫という接続点は弱まる、あるいは機能しなくなる。
しかし所在地で新たな把握が行われる。
第四に、
④ 所在地に定着し、所在地を通じて国家的負担へ接続される人
ここでは、本貫への帰還よりも所在地での行政処理が重視される。
第五に、
⑤ 既存の帳簿体系から外れ、新たな行政処理を必要とする人
帳外者などの問題は、このカテゴリーとの関係で再検討する必要がある。帳簿から外れることは、ただちに国家から消えることを意味しない。むしろ、
既存の接続方式では処理できなくなった人間
と考えることができる。
そして第六に、
⑥ 複数の異なる接続状態を含む「浪人」
九世紀になると、「浪人」の対象は多様化する。岡崎氏自身も、八世紀の浮浪人とは異なる原因・存在形態を持つ人々が「浪人」の範疇に含まれることを指摘している。この事実を、本稿の仮説から見るならば、「浪人」とは単一の身分ではなく、
通常の所属・所在地・負担の接続関係から外れた、さまざまな人間を行政的に処理するカテゴリー群
として理解できると岡崎氏に提案したい。ここに、
浮浪→浮浪人→浪人
を単なる用語の変化としてではなく、
国家による人間の接続方式の変化と多様化
として理解する可能性が生まれる。
九 「所属の国家」から「再接続する国家」へ
以上の議論から、律令国家像そのものを再考してみたい。従来の律令国家像では、国家は人間を本貫に所属させ、戸籍・計帳によって管理し、その所在を固定的に把握する国家として描かれやすい。しかし、現実の人間は動く。
逃げる。
移住する。
結婚する。
生活のために別の土地へ移る。
疫病や飢饉、さらには自然災害などによって、従来の生活基盤を失う。
国家は、この現実を完全に停止させることはできなかった。そこで国家は、人間の移動を完全に防ぐことではなく、
移動した人間をいかにして再び行政の網へ接続するか
という問題に直面した。ここで浮浪人というカテゴリーが登場すると考えられないだろうか。したがって、
浮浪人制度とは、国家から離脱する人間を単純に処罰する制度ではない。
それはむしろ、
国家の既存の人間把握から外れた人間を、所在地という新しい接続点を用いて、再び国家の行政・財政体系へ組み込むための制度的装置
だったと言い換えておきたい。
このように考えるなら、律令国家は「所属を固定する国家」であるだけではない。同時に、
所属が揺らいだとき、新しい接続方法を作り出す国家
でもあった。
十 「崩壊」と「再編」をどう見るか
この視点は、「律令制の崩壊」という問題にも新しい角度を与える。浮浪人の増加を、単純に戸籍制度の崩壊として理解することは容易である。しかし、それだけでは、国家がその後に行った行政処理を説明できない。
既存の制度が機能しなくなる。
人間が本貫から外れる。
しかし国家は、その人間を新たな方式で把握しようとする。ここには、
崩壊する制度
と、
それを補修し、代替しようとする行政実務
が同時に存在する。重要なのは、律令制が崩れたか、維持されたかという二者択一ではない。むしろ、
何が崩れ、何が最後まで維持されようとしたのか
を問うことである。本稿の仮説に立脚すれば、崩れつつあったのは、
人間を本貫に縛り付け、固定する「所属の秩序」
である。一方、国家が新しい行政方式によって維持しようとしたのは、
人間を国家的負担の体系から完全に失わない「負担の秩序」
だった。ここに、「課役国家」としての律令国家像が見えてくる。
おわりに――浮浪人とは
本 稿は、岡崎玲子氏の浮浪人研究に対して、単なる異説を提示することを目的としたものではない。岡崎氏が明らかにした制度的・概念的変化を手がかりとして、その背後にあった国家の行政原理を考え直そうとするものである。岡崎氏の研究には、三つの致命的欠陥が残されている。
第一に、なぜ国家が浮浪人をめぐる制度を繰り返し変更しなければならなかったのか。
第二に、本貫への所属と国家的負担との関係が、どのように分離していったのか。
第三に、浮浪人帳が、現場の行政実務において、何を可能にする情報処理装置だったのか。
本稿は、この三つの問題を考えることによって、「浮浪人」を従来とは異なる位置に置こうとした。すなわち、
「浮浪人」とは、国家から離脱した人間ではない。
本貫という従来の国家との接続点を失った人間を、国家が所在地を変えることによって、あらためて行政的・財政的秩序へ再接続した存在だったのではないか。
この仮説に立てば、「浮浪人」は固定的な身分ではなく、
国家との接続状態を示す行政的カテゴリー
として理解できる。そして、その視点をさらに広げれば、「浪人」「帳外」「留住」など、従来は個別に論じられてきた人々についても、
人間が国家の既存の把握体系からどのように外れ、国家がそれをどのような方式で再接続しようとしたのか
という共通の問題として再検討できないだろうか。そこから見えてくる律令国家は、単に人間を本貫に固定する国家ではない。現実の人間が移動し、従来の帳簿体系から外れたとき、国家はその人間を再び探し出し、記録し、分類し、新しい接続点を設定した。そして最終的には、その人間を国家的負担の体系へ接続し直そうとした。この意味で、律令国家とは、
「所属を管理する国家」であると同時に、「所属から外れた人間を再接続する国家」
と定義づけても、必ずしも妥当性を欠くとは言えないのではないだろうか。さらに言えば、国家が最後まで失いたくなかったものは、人間の本貫そのものではなく、
その人間との国家的負担関係
だった可能性さえがある。本稿では、この側面を
「課役国家」
という作業仮説によって表現した。
もちろん、この仮説には今後、個別史料による検証が必要である。しかし、もし「浮浪人」を「逃亡者」ではなく、
「国家が接続方法を変更してまで捕捉し続けた人間」
として理解することができるならば、浮浪人研究は大きく姿を変える。問題は、
「浮浪人とは何者だったのか」
だけではない。むしろ、
「律令国家は、移動する人間をどのように国家へ再接続したのか」
という問いこそが、これからの浮浪人研究の中心問題となるべきではないだろうか。浮浪人とは、律令国家の網から逃げ出した人間ではなかった。その逆に、網の目から外れた人間に対して、国家が新しい網目を作ろうとした、その痕跡だった。
0 件のコメント:
コメントを投稿