(1)
越前国郡稲帳と越前国正税帳との関係は、残念ながら、越前国正税帳が「天平2年度決算(天平3年提出)」、同国郡稲帳が「天平3年時点」の史料であり、年度が1年ずれているので、管見の限り両者の間に数字のリンクは見当たらない。
したがって、両資料に数値の完全一致を求めるのではなく、むしろ「規模・構成・比率」の比較を試みることが適切であると考える。
まず、両史料から対応する数字を並べると次のようになる。
| 郡 | 郡稲帳(天平3年)定郡稲(束) | 正税帳(天平2年度)穎稲(束) | 比率(郡稲帳÷正税帳) |
|---|---|---|---|
| 敦賀 | 3,614 | 15,303 | 23.6% |
| 丹生 | 1,295 | 74,714 | 1.7% |
| 足羽 | 15,598 | 31,883 | 48.9% |
| 江沼 | 7,296 | 85,811 | 8.5% |
| 加賀 | 37,883 | 277,093 | 13.7% |
確かにこの表だけでは、一見すると一致しない。ここで重要なのは比較対象である。
郡稲帳の「定郡稲」は、郡が管理する郡稲(郡財政の運用資金)である。一方、正税帳の「穎稲」は、国が管理する正税穀を束数に換算した総量であり、必ずしも郡稲だけを表しているわけではない。
一方で、出挙を取り上げるならば、
| 郡 | 郡稲帳 出挙(束) | 正税帳 出挙(束) | 差 |
|---|---|---|---|
| 丹生 | 1,294 | 27,662 | 約21倍 |
| 足羽 | 7,360 | 13,534 | 約1.8倍 |
| 江沼 | 6,246 | 31,670 | 約5.1倍 |
| 加賀 | 12,111 | 63,370 | 約5.2倍 |
ここでも一致しませんが、各郡とも「出挙」という同一会計項目が存在し、元本・利稲・残高が記載されている。最も注目すべきは、利稲率である。
| 郡 | 正税帳 出挙 | 正税帳 利 | 利率 |
|---|---|---|---|
| 丹生 | 27,662 | 11,911 | 43.1% |
| 足羽 | 13,534 | 6,056 | 44.8% |
| 江沼 | 31,670 | 15,560 | 49.1% |
郡稲帳でも、以前に指摘したように、
- 丹生 617 ÷ 1,294 = 47.7%
- 足羽 3,605 ÷ 7,360 = 49.0%
- 江沼 3,123 ÷ 6,246 = 50.0%
- 加賀 5,890 ÷ 12,111 = 48.6%
であった。
(2)
この両資料の比較から判明することは、正税帳の基礎台帳が郡稲帳である以上、当然と言えば当然であるが、国衙が指定した
*両帳簿とも同一の計算原理・運用原理でお作成
されている事実は改めて確認しておきたい。
ここでは、特に利率を取り上げたい。当然ながら、年度によって、その利率は変動するであろうが、
- 出挙元本
- 利稲
- 残高
という計算方法を採用しながら、
*利率は40~50%程度
を明示している。無益な比喩はいたずらに混乱を招くだけであるが、現代の企業監査法にしても、
- 総勘定元帳(決算書の基礎)
- 補助元帳
- 伝票・証憑書類
という階層の資料群があり、年度末にせよ、期末にせよ決算書だけを提出されても、その数字が正しいかどうかは判断できない。企業を担当する監査人は必ず
決算書 → 元帳 → 伝票 → 証憑
と遡って検証するのを常とする。つまり、郡稲帳 → 正税帳の平行事例にしても、両者の関係は、この「補助元帳→決算書」という構造に非常に類似していると考える。今日の感覚からすれば、郡稲帳が「会計監査資料」の役割も果たしたと理解して良いと思う。
換言すれば、太政官や民部省などは
*正税帳が決算書であるならば、その数値を裏付ける基礎台帳の提出を求めて、正税帳の不正や信憑性や各種数字の正確さを検討しながら、国家財政の確保に努めたのではないだろうか。
この種の監査業務を律令体制下では、審査・勘会・検校・勘検・考課などと呼称したが、本稿の論者は、その機能から判断して、仮に「勘検」と呼びたい。
(3)
ここでいったん、郡稲帳の記載に立ち戻りたい。先に掲示したように、郡稲帳の基本構造は、
①出挙元本
②身死人負稲(貸倒れ)
③残元本
④利稲
が順に記載されることで、利稲という最終結果だけではなく、
*その利稲がどのような計算過程を経て導かれたのか
が、だれでも検証できる帳簿となっている。つまり、
- 元本はいくら貸し付けたのか
- 死亡等による免除はいくらか
- 実際の回収対象はいくらか
- そこから利稲はいくら生じたのか
を一つ一つ検算でき、郡稲帳は出挙利稲の算出過程を証明する証拠帳簿であったと断定できる。
ここで、論の飛躍はあるとしても、一つの仮説を提出したい。現在提示されている越前国の各軍の数字では、
- 丹生 約43~48%
- 足羽 約45~49%
- 江沼 約49~50%
- 加賀 約49%
と高い水準である。越前国だけではやや材料が不足するものの、もし他国の正税帳や出挙関係史料でも同様の利率が確認できると期待して、
仮説:全国的に40~50%程度の利率が制度運用上期待されていた可能性
を提出したいと思う。律令国家運営・維持・軍事・災害復旧など国家レベルの財政確保のために、全国の国司たちに督励したのが、40~50%程度の平均利率であったのではないだろうか。
(4)結論
越前国郡稲帳は、単に出挙元本や利稲を記録するための帳簿ではなく、利稲が適正な手続を経て算出されたことを証明する会計証憑としての性格を有していたと考えられる。正税帳には最終的な利稲額が記載されるが、その数値の妥当性は郡稲帳に記載された元本・免除・残元本・利稲の関係によって検証することが可能である。したがって、郡稲帳の中央提出は、正税帳の記載内容を審査・勘検するための基礎資料として求められた可能性が高い。