2024年2月11日日曜日

筑後国地震(678年発生)と大宰府・久留米など北九州

 『日本書紀』天武天皇七年十二月是月

十二月癸丑朔己卯、臘子鳥、弊天、自西南飛東北。是月、筑紫國大地動之、地裂廣二丈長三千餘丈、百姓舍屋毎村多仆壞。是時、百姓一家有岡上、當于地動夕以岡崩處遷、然家既全而無破壞、家人不知岡崩家避、但會明後知以大驚焉。是年、新羅送使奈末加良井山・奈末金紅世、到于筑紫曰「新羅王、遣汲飡金消勿・大奈末金世々等、貢上當年之調。仍遣臣井山、送消勿等。倶逢暴風於海中、以消勿等皆散之、不知所如。唯井山僅得着岸。」然、消勿等遂不來焉。


有名な記事であるので、説明の要はないだろう。いわゆる「筑後国地震」と呼称される自然災害である。この記事以外に、関連記事がないために、文献ではそれ以上の地震情報を追求できないが、

地裂廣二丈長三千餘丈(『幅2丈(6 m)、長さ3千余丈(10 km)の地割れ』)

百姓舍屋毎村多仆壊

當于地動夕以岡崩處遷

とあったことは事実であろう。

近年、考古学的発掘調査によって、福岡県久留米市付近などの筑後平野にその地震で発生した液状化現象などが発見されたという(松 村,1990など)。しかも筑後平野を通る水縄断層帯で掘削調査 が実施された結果、筑後国地震の震源がこの断層帯によると推定された(千 田 ほか,1994)。そして筑紫国地震の規模はマグニチ ュード 6.5-7.5程度であったと推定されている。

日本政府地震対策本部によると、水縄断層帯は、福岡県浮羽(うきは)郡浮羽町から同郡吉井町、田主丸(たぬし まる)町を経て久留米市に至る断層帯である。本断層帯の長さは約 26 km で、ほぼ 東西方向に延びる、南側が相対的に隆起する正断層であるという。(水縄断層帯の長期評価について (jishin.go.jp) 2023年2月1日アクセス)


水縄断層帯

 水縄(みのう)断層帯は、福岡県の南部に位置する活断層帯です。
 水縄断層帯は、福岡県浮羽郡浮羽町(現・うきは市)から久留米市に至る断層帯です。本断層帯の長さは約26kmで、ほぼ東西方向に延びる、南側が相対的に隆起する正断層です。

※それぞれの図をクリックすると大きく表示されます。
  

 水縄断層帯 | 地震本部 (jishin.go.jp) 2023年2月9日アクセス

久留米市教育委員会によると、

「神道遺跡は千本杉断層の通過する場所であり,幅が約7mの割れ目帯が遺構面にみられたが,この割れ目の様子はトレンチでも確認され,それが断層活動によるものであることが確認された。」(千田昇「考古学的史料による水縄断層系西部の断層分布」『2007年度日本地理学会春季学術大会セッションID: 606 ttps://doi.org/10.14866/ajg.2007s.0.81.0

 とある。

我々の関心は、この地震によって、

1)日本・唐連合軍が663年に朝鮮半島の白村江において海戦に敗北し、九州全体に唐・新羅軍による追討を予測して、

①水城

②大野城(朝鮮半島にある山城を手本にし、約8kmにわたる土塁や石垣で四天王山頂を囲む城郭)

基肄城(城の構造は、基山(標高約405m)とその東峰(標高327m)とを土塁と石塁で囲む、約4kmの城壁と4ヶ所の城門を備えていた)

等の建設時期もしくは完工直後であったので、この筑後国地震によって大きな被害が発生した可能性を予想したい。すくなくともマグニチ ュード 6.5-7.5程度であったと推定される筑後国地震によって、石垣は崩壊し、土塁は崩れたに違いない。まったく無傷であったとは思われない。

2)水縄断層帯が存在する地域に筑後国府の前身の官衙が建設されていたので、その官衙建造物の破壊などは想定できないか

3)地震によって、家屋・道路などが崩壊することで、その復旧・復興事業はいかに成し遂げたか


という3点である。少なくとも4回変遷した筑後国府の第1回から第2回への移動はこの地震を念頭において再検討してみても不自然ではないだろう。当然ながら、関連地区の発掘結果、この地震による地層のずれなどが発見されることを俟たなくてはならないのは言うまでもない。とすれば、久留米市が実施する史跡筑後国府跡保存活用計画にも、もう一つの市民への啓蒙活動(地震対策など)を加味することになろう。(conservation_utilization_plan_summaryversion.pdf (city.kurume.fukuoka.jp)

いずれにせよ古代において、いかにして筑後国地震災害復旧がなされたのであろうか。

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千田 昇・松村一良・寒川 旭・松田時彦,1994,水縄断層系の最近の活動について-久留米市山川町前田遺跡でのトレンチ発掘-.第四紀研究,33,261-267

村橋輝紀,1995,水縄断層西端部の地下地質と第四紀後期の活動.活断層研究,13,28-46

松田時彦l「 古地震研究における自然資料 と歴史資料の関わ り 地震予知への貢献 」『地学雑誌』 Journal of Geography 108(4) 370-377 1999 

千田 昇・白木 守・松村一良・松田時彦・下山正一,2005,久留米市神道遺跡における水縄断層系・千本杉断層のトレンチ調査.活断層研究,25,129-133.



6-9  天武七年の筑紫地震と水縄断層      Tsukushi Earthquake of Tenmu Seventh and Mino Fault (6-9  天武七年の筑紫地震と水縄断層 (gsi.go.jp) 2024年2月11日アクセス)




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