2024年2月11日日曜日

「橡」色考ーー桑原祐子説の紹介

 「橡色」に関しては、沢潟久孝先生が「黒」色であると記述されたために、その万葉学巨人説が、一時期、学界に受け入れられていた。

 しかしながら、増田美子氏や東野治之氏などによって、すでに黒色ではなく、灰褐色であるという指摘もなされており、その延長線上に桑原祐子氏の諭もある。

桑原祐子「橡について」『正倉院文書の国語学的研究』思文閣出版、2005年、161-184頁

私見によれば、色彩学の教えである、下記の指摘が穏当だと考えている。

「黄橡(きつるばみ)

橡(つるばみ)はブナ科コナラ属のクヌギの古名で、その実であるドングリや樹皮で染めた色を「橡色(つるばみいろ)」といいます。クヌギは本州以南の各地に自生し、染めも堅牢なので、古代は庶民の服の色とされていました。橡による染色は媒染によって色が変わるのが特徴で、素染めだと亜麻色のような色になり、灰汁を使うと黄色っぽく、鉄媒染では黒っぽくなります。

黄橡(きつるばみ)の色見本とイメージ・カラーコード | 色彩図鑑(日本の色と世界の色一覧) (i-iro.com)

2024年1月2日アクセス

 今、この指摘を踏まえて、桑原説に「Yes  or No」を論じるつもりはなく、もちろん「Yes」である。むしろ、この論文に桑原祐子氏の研究の鮮やかな手法を伺い知るからである。

まず、桑原氏は丁寧にも

「結論に至る根拠を橡色の経紙を用いた特定の写経事業の帳簿の復元と分析に求めた」【163頁】

とする。この復元は常人に成し遂げる作業ではないのは、

*天平勝宝5年7月から7月末までの間の「観音経百巻」の写経事業

だからである。加えて、

*天平勝宝5年2月24日からの「善光尼師観音経廿一巻」写経事業

をも復元しながら、深橡が黒系統の色ではなかったことを証明する。

 その努力とエネルギーに改めて敬服する。手抜きがない。やるべきことを徹底的に、もくもくと調べつくす。もしそれを冷笑する人がいたならば、それは学問の厳しさを知らず、さらに『大日本古文書』などの資料群に精通しない半可通を自ら自白していることになる。

 これら一連の復元作業を実現する研究者は日本国内に何名いるだろうか。お叱りを受けそうだが、両手はいないはずである。


追記)

それにしても、桑原氏の論文を拝見して直感的に感じたのは、非礼を顧みず率直に言えば、指導者(恩師)不在でなかったかという懸念である。独学の風情が感じられる。あれもこれも調べてからでないと気が済まないご性格のようで、もし指導者がおいでであれば、ずばりと切り捨てて、もう少しストレートに書いても良いという心温かいアドバイスなさったと想像するからである。

 私の戯言によって、桑原祐子の高論の価値を低下させることがないように祈る。

とにかく素晴らしい、ぜひ一読を勧めたい


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