蛇足の言葉であるが、我が研究の三本柱は次の通りである。
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① 「明確な批評意識と挑戦」
私の狙いは、
古代史は、政治史・制度史・イデオロギー史の枠組みだけで理解する必要があるのか?
という、かなり根本的な問いを歴史学そのものに投げかけたいと考えている。
② 「現場のロジック」
我が研究の基本的視点を可能にするのが「現場」である。
政治史なら、
天皇が何を決定したか
中央政府が何を命令したか
どの政治勢力が勝ったか
を考えがちである。しかし私は、
その命令を、現場の人間はいったいどう処理したのか?
に重きを置くたい。
何束の稲を数えたのか。
どこに置いたのか。
何を支出したのか。
誰が、どのルートで、いかにして運んだのか。
運搬費はいくらだったのか。
残ったものをどう処理したのか。
帳簿の数字は別の帳簿と一致するのか。
つまり、
「制度」ではなく「制度が動いた瞬間」を見る。
これが「現場のロジック」であると強調したい。
③ 「単なる概念の当てはめではない」
だからこそ、たとえば、
「これは内部統制です」
「これは原価計算です」
「これはロジスティクスです」
と最初からアナクロニズムに陥るのではなく、そのやり方を逆転させて、
史料を徹底的に読む。
数字を計算する。
帳簿同士を照合する。
物資の動きを追う。
人員の動きを追う。
その結果として、現代の経営学的概念によって説明すると非常に明瞭になる構造が現れると考えたい。つまり、
概念 → 史料
ではなく、
史料 → 構造の発見 → 概念による説明
である。この方法を採用することで、少なくともアナクロニズム批判を少しは軽減できるはずである。
だからこそ、
「明確な批評意識と挑戦」を出発点とし、「現場のロジック」を分析の中心に置き、「単なる概念の当てはめではない」ことを史料の実証によって担保する。
さらに言えば、
現代経営学を古代に持ち込むことが目的なのではない。現代経営学という異質な眼鏡を通して見ることで、これまで歴史学が見落としていた古代行政の構造を発見することが目的なのである。
そして、もう一つ「地方」という視点を重ね合わせると、
中央の正史
↓
政治・制度・理念
に対して、
地方の断片文書
↓
実務・会計・物流・情報
↓
現場のロジック
↓
国家が実際にどう動いたか
という、まったく別の古代国家への入口ができると信じる。むしろ、大仰にParadigmChangeとは言わなくても、
「古代国家を見るいくつかの眼の一つを導入して、日本古代史の多様さを解明したい」
と思う。
本研究が古代史学にもたらす3つの貢献(ゴールの見取り図)
1. 「官僚制の実力」の再評価(理念国家から「実務国家」へ)
古代史の従来像: 律令制は中国の制度を模倣した「理念的な文面」が先行し、地方現場では形骸化していた、あるいは単なる搾取構造だったと見なされがちであった。
本研究の寄与: 現場の国司・史生らが「原価計算」「ロケーション管理」「ストック/フローの分離」「内部統制(鍵管理)」といった高度な実務ロジックを回していた事実を証明できる。これにより、律令国家が単なる理念型ではなく、高度な実務能力を備えた「実務型行政国家」であったことを具体データで証明できると信じる。
2. 律令国家の「危機管理と内部統制」システムの解明
古代史の従来像: 地方官の不正や怠慢は、政治的な懲罰や個人の倫理問題として語られることが多かった。
我が研究の寄与: 50%の定額利息処理や鍵の民部省集中管理、過年度欠穀の追跡などは、制度設計者(中央官僚)が「人間は不正や失念をする」ことを前提に作ったリスク管理構造(ガバナンス)です。国家が「信頼」ではなく「仕組み(内部統制)」によって地方を統制しようとした格闘の痕跡を浮き彫りにできるはずである。
3. 「米」を巡る経済システムの可視化(古代のロジスティクス論)
古代史の従来像: 租税としての「米」の収蔵や分配という巨視的な経済論が中心であった。
本研究の寄与: 「振入(換算ルール)」や「死馬皮の回収・評価」に見られる微視的なトレードオフや、中間コスト(運担夫・庸賃)の会計処理を分析することで、「中央と地方を結ぶ物流・価値換算のリアルなアルゴリズム」を解明できると考える。少なくとも、日本経済史を専門とする方々に、いささかでも研究の将来性を感じていただけるに違いない。
したがって、 政治史のような「派手な政変劇」ではなく、各地方で作成された正税帳・郡稲帳や計会帳など帳簿という「地味で頑丈な史料」から古代国家の骨格を浮き彫りにする作業は、まさに「古代のシステムエンジニアリング」を解読するような面白さに満ちていると強調したい。
したがって、私の研究の最終的な目的は、現代経営学の用語を古代史に並べることではない。むしろ、それらを分析上の「問い」として利用することによって、従来の政治史・制度史では断片として扱われてきた大量の帳簿情報を、一つの作動するシステムとして再構成することにある。その作業の先に、律令国家とは何であったのかという、より根本的な問いを改めて提示したい。
古代国家は、天皇や官僚が命令を発するだけで動いていたのではない。命令を現場へ伝え、現物を集め、数量を確認し、人員を動員し、物資を保管し、必要な場所へ輸送し、支出を記録し、その結果を帳簿に残し、さらに上位機関へ報告するという無数の実務が積み重なることによって、初めて「国家」として作動していたのである。その意味で、正税帳や郡稲帳は古代国家の周辺的な会計資料なのではなく、国家が実際に動いていた現場を記録した中核的な史料なのではないか。
もしこの見方が成立するならば、古代史研究における重要な問いも変わってくる。国家が「誰によって支配されたか」だけではなく、「国家はいかにして日々動いていたのか」を問うことができる。そして、その問いに答えるためには、政治史だけでなく、会計、物流、情報管理、組織論、リスク管理といった異なる学問領域の知見を動員する必要がある。
私が目指しているのは、まさにこの地点である。正税帳・郡稲帳という、一見すると地味で細かな数字の羅列に見える史料を、一つ一つ読み解き、その数字の背後で働いていた人間、制度、物資、情報の動きを復元する。その作業は、いわば「古代のシステムエンジニアリング」を解読する作業でもある。大きな政治的事件から古代国家を説明するのではなく、国家の日常的な運転記録から、その骨格を逆算していくのである。
そして、たとえその試みが徒労に終わるとしても、私はこの道を歩き続けたい。なぜなら、一つの帳簿、一つの数字、一つの「雑用」や「不用馬」あるいは「死馬皮」の記載を丹念に追うことによって、従来の古代国家像では見落とされていた行政の現場が、少しずつ姿を現してくるからである。最終的に目指すのは、律令国家を単なる政治権力の体系としてではなく、物資・人員・情報を計測し、記録し、照合し、再配分することによって現実に作動していた一つの行政システムとして再構築することである。そのとき、正税帳・郡稲帳をはじめとする正倉院文書は、古代国家の「結果」を記した帳簿であるだけでなく、国家そのものがどのように動いていたのかを読み解くための、最も重要な「現場資料」の一つとして位置づけ直されることになるだろう
残された課題は実に多い。例えば現状分析の精緻化(史料の数値検証)はもちろん、「この会計システムが成立した歴史的背景」や「なぜこのシステムが後に崩壊していったのか(名田経営への移行など)」といった議論に至るまで、トボトボと古代の官道を歩き続けるつもりである
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