筑前国嶋郡川辺里大宝二年戸籍断簡(物部牧夫戸)における編成原理の再検討
(1)問題の所在地と本稿の目的 筑前国嶋郡川辺里大宝二年戸籍断簡(物部牧夫戸)について、従来の学説では「古代の大家族の実態を記録した史料」として理解されることが一般的であった。しかし、現代的な家族観を安易に適用し、「この戸籍が人々を自然発生的な家族単位で登録した」あるいは「戸主の個人的支配下にある者を把握・整理した」と捉えることには疑問を呈することにある。
本稿の狙いは、この戸籍が「人間関係の種類(属性)」を多層的・階層的に記録し、その集積の結果として一つの「戸」を構築している構造を明らかにすることにある。本史料のみをもって大宝戸籍全体を軽々に一般化することはできないが、律令国家における戸籍編成技術の本質を把握する一助として、以下の分析を提示したい。
(2)史料の構造分析と「上件口数」の論理 まず、物部牧夫戸の冒頭部を見ると、次のように記載されている。
戸主 物部牧夫 64歳
妻 大家部咩豆賣 54歳
男 加布知麻呂 34歳 嫡子
男 奈美 30歳 癈疾
男 神山 28歳
男 建 24歳 兵士
男 久漏麻呂 21歳
男 穂太利 17歳 少丁
ここで、大宝令(701年)における年齢区分(緑児:1〜3歳、少子:4〜16歳、少丁:17〜20歳、正丁:21〜60歳、老丁:61〜65歳、耆:66歳以上)を参照すると、この冒頭部分には緑児や少子が含まれておらず、年齢・資格区分ごとに整理されていることが察せられる。
特に注目すべきは、続く以下の記載である。
上件五口 嫡弟
戸主の「男(子)」として記載された男性は、加布知麻呂・奈美・神山・建・久漏麻呂・穂太利の計6名が存在する。にもかかわらず、行政上の集計が「六口」ではなく「五口」とされている点は極めて重要である。この差分は、身体障害等の何らかの理由により公民としての公的資格・租庸調負担能力から除外された「男
奈美(30歳、癈疾)」を別枠とし、負担可能者(または標準的な権利・義務主体)としての関係集団を「5口」として一括カウントされた結果と考えてよいだろう。
つまり、ここで用いられている「口」とは、単なる家族の頭数ではなく、「同一の関係属性または公的資格を持つ人間ブロック」をカウントする行政上の算定単位である。
続いて戸籍は、以下のようにサブユニット(小単位)を積み上げていく。
- 【サブユニット1:奈美の家族】
女 沙婆賣 26歳 丁女
孫 小野 5歳 / 孫
高椅 2歳 / 孫 山井 1歳
上件三口 奈美男(※奈美と沙婆賣との間の幼少の子3名を「奈美男」として3口集計)
- 【サブユニット2:神山の妻妾および子】
婦 額田部阿久多賣 22歳 / 婦妾
ト部犬手賣 12歳
上件二口 神山妻妾
孫 物部荒手 8歳 / 孫女
物部泥豆賣 2歳
上件二口 神山男女
- 【サブユニット3:建の妻および子】
婦 葛野部阿麻賣 24歳 丁妻 建妻
孫女 物部比呂賣 1歳 緑女 建女
このように、戸籍は「戸主との関係(または上位ノード)」を基準とし、さらに「戸主は家長ではなく、 課役計算の基準点(root node)」として編成された複数のツリー構造を積み重ね、最後に全容を把握する構造をとっている。ここで、ツリー構造図やネットワーク図を提示して、論者の考えをさらに容易にする工夫を採用すべきであるが、本発表媒体では容易ではないので、ご理解を賜りたい。
(3)「寄口」にみる二重構造と二つの登録軸 さらに、本史料の後半に記載される「寄口」の記述は、この編成原理をより明確に補強する。
葛野部乎麻呂 35歳 兵士 寄口
母 葛野部美奈豆賣 70歳 耆女
妻 中臣部宿古太賣 25歳 丁妻
男 葛野部阿由比 8歳 小子 嫡子
男 葛野部泥麻呂 3歳 緑兒 嫡弟
弟 葛野部止志 16歳 小子
妹 葛野部天鳥賣 22歳 丁女
本来「寄口」とは戸主の血縁・直系家族ではない他者である。しかし、この寄口内部に「母・妻・子・弟・妹」という独立した親族ツリーが完結した形で内包されている。すなわち「戸
> 寄口 > 各親族」という二重構造が形成されており、これは「戸=戸主を中心とする血縁同居家族」ではないことの明確な証左である。
以上の分析から、大宝戸籍は個人を「二つの軸」で同時に登録・管理する一種のデータベース構造であったと結論づけられる。
- 第1軸(人間関係軸):誰とのどのような関係か
(嫡子、嫡弟、奈美男、神山妻妾、神山男女、建妻、建女、寄口等)
- 第2軸(国家的資格軸):国家に対してどのような課役・給田資格を持つか
(課・不課、正丁、丁女、兵士、小丁、小子、緑兒、老夫、耆女、癈疾等)
戸籍の末尾には「凡口二十七」と全体の総数が示され、それに続いて「口二十
不課(小子四、緑兒三、癈疾一、丁女六、小女三、緑兒二、耆女一)」「口七 課(兵士二、正丁三、老夫一、小丁一)」と明確に再集計される。そして最終的に「受田参町漆段参佰歩(※史料記載の数値)」という班田収授の面積へと接続していく。
(4)結語:行政単位としての「戸」への転換 これまで議論されてきた「大家族が本当に仲良く同居していたのか」という居住実態の問いは、戸籍史料の分析においては二次的な問題に過ぎない。我々に求められているのは、「生活を共にしていた実態」を探ることではなく、「国家によってどのように再編成され、一緒に登録されたか」という行政的視点へのマインドチェンジである。
大宝2年の官人は、「人を記録するための家系図」を作ったのではない。血縁や従属関係といった多様な人間関係を「ツリー型ノード」として分類し、それを国家的課税・班田・軍役の算定が可能な「口」というデータ単位へ変換したのである。換言すれば、戸籍の目的は「国家の課役計算装置」であったと言って過言ではない。
本稿の立場は、近年進展する戸籍編成原理論(戸=行政的登録単位説)の系譜に連なるものであるが、物部牧夫戸における「上件口数」の特殊な除外計算や「寄口」内部のツリー構造を精密に追うことで、大宝戸籍が持っていた高度な情報処理システム(データベース的性質)を一層鮮明に抽出できたと考える。
蛇足ながら、教科書にある「大家族が仲良く、同居していた」という事実の有無は、二次的な問題である。
付記)研究文献や参照史料などの注は、本稿では割愛した。もし御入用であれば、一報をお待ちする。
重要文化財|筑前国嶋郡川辺里戸籍断簡(紙背 千部法華経校帳断簡)|奈良国立博物館
| 収蔵品番号 | 871-0 |
|---|---|
| 部 門 | 書跡 |
| 区 分 | 文書 |
| 部門番号 | 書34 |
| 伝 来 | 正倉院(奈良)伝来、蜂須賀家旧蔵 |
| 銘 文 | 朱文方印十七顆「筑前國印」、釈文「受田参町漆段参佰歩/戸主物部牧夫 年陸拾肆歳 老夫 課戸/妻大家部咩豆賣 年伍拾肆歳 丁妻/男物部加布知麻呂 年参拾肆歳 正丁 嫡子/男物部奈美 年参拾歳 癈疾/男物部神山 年貳拾捌歳 正丁/男物部建 年貳拾肆歳 兵士/男物部久漏麻呂 年貳拾壹歳 正丁/男物部穂太利 年拾漆歳 少丁 上件五口 嫡弟/女物部沙婆賣 年貳拾陸歳 丁女 嫡女/孫物部小野 年伍歳 小子/孫物部高椅 年貳歳 緑兒/孫物部山井 年壹歳 緑兒 上件三口 奈美男/婦額田部阿久多賣 年貳拾貳歳 丁妻/婦妾ト部犬手賣 年拾貳歳 小女 上件二口 神山妻妾/孫物部荒手 年捌歳 小子/孫女物部泥豆賣 年貳歳 緑女 上件二口 神山男女/婦葛野部阿麻賣 年貳拾肆歳 丁妻 建妻/孫女物部比呂賣 年壹歳 緑女 建女/外孫女肥君堅魚賣 年漆歳 小女 佐婆賣女/肥君方見賣 年拾貳歳 小女 寄口/葛野部乎麻呂 年参拾伍歳 兵士 寄口/母葛野部美奈豆賣 年漆拾歳 耆女/妻中臣部宿古太賣 年貳拾伍歳 丁妻/男葛野部阿由比 年捌歳 小子 嫡子/男葛野部泥麻呂 年参歳 緑兒 嫡弟/弟葛野部止志 年拾陸歳 小子/妹葛野部天鳥賣 年貳拾貳歳 丁女/凡口貳拾漆{口貳拾不課{口四小子/口三緑兒/口一瘢疾/口六丁女/口三小女/口二緑兒/口一耆女}/口漆課{口二兵士/口三正丁/口一老夫/口一小丁}/受田参町玖段」、紙継ぎ目裏墨書「筑前國嶋郡川邊里大寶〔傍注(ママ)〕 大寶二年籍」、(紙背)釈文「志紀咋万呂百六十張【空□】 【梶取十八 石足十八 石村廿 高椅十七】/史戸木屋万呂百五十七張【空二】 【上毛野六十二 粟田六十二 石足六十 梶取卅八/下十九 上卌一 高椅十六 川原十六】/大原魚次百五十七張【空一】 【上毛野五十六 梶取五十八 石足六十三 上五十八/久米廿三 粟田廿一 下十九 *「卅九人成」】/余乙虫百五十七張【空二/破一】 【高椅六十五 石足五十五 梶取十九 川原廿三/粟田十九 下卅八 上毛野十八 上七十七】/大田廣嶋百五十七張【空一】 【梶取五十八 上百三 高椅七十三 石足廿三/上毛野廿一 川原廿 下十六】/錦部豊成百五十七張【空二/破一】 【下冊 上九十三 上毛野卌三 *「人成」 壹万呂廿三/高橋廿一 石足卅九 粟田卅九 梶取十六】/杖部子虫百五十七張【空二】 【高椅六十 上百 下五十八 石足十九/粟田廿三 屯万呂廿 梶取十八 上毛野十 |
| 指定名称 | 筑前国嶋郡川辺里大宝二年戸籍断簡、紙背千部法華経校帳断簡 |
| 指定番号 | 古文書00214 |
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