<要約>
本稿の目的は、古代日本各地に分布する「寒川(さむかわ・さんがわ)」地名について、従来の自然地名説とは異なる視点から考察することにある。
『和名類聚抄』には、讃岐国・播磨国・相模国・下野国などに寒川郷が載録されている。これらの地域は偶然にも、秦氏・高麗氏・韓氏その他の朝鮮半島系渡来集団との関係が指摘される地域と重なる。
そこで本稿は、「寒川」の「寒」の漢字音に注目すれば、Bernhard Karlgrenの中古漢語再構では、「寒」は
| *ɣɑn |
- 寒:*[g]ˤar
- 韓:[g]ˤar
である。そこで、「寒」と完全に一致する古代漢字を探すならば、「韓」に逢着する。
結論から言えば、
中古漢語では「寒」と「韓」はほぼ同韻・近接音であり、古代人にとって極めて近い音として認識された可能性が高い
という前提で、そもそも「寒川」は本来「韓川」ではなかったかをと推論する。
この仮説の根拠は次の三点にある。
-
音韻上の近接性
- 「寒」と「韓」は中古漢語において近い音価を持ち、朝鮮漢字音ではともに「ハン(한)」と読まれる。
- したがって、「韓川」が後世に「寒川」と表記された可能性を排除できない。
-
地名分布の偏り
- 寒川地名は全国に均等に分布するのではなく、渡来系氏族との関連が想定される地域に集中しているように見える。
- この偏りは単なる自然地名説では十分に説明できない可能性がある。
-
渡来人移住の痕跡としての地名
- 古代日本では氏族名や集団名が地名化する例が少なくない。
- 寒川地名群は、韓氏を含む渡来系集団の移動・定着の歴史を反映する地名群である可能性がある。
したがって、「寒川」はその流域に韓氏または朝鮮半島系渡来人集団の居住地・開発地を流れる川に由来する地名であったと考えたい。そしてその可能性を仮説して提出したい。
本仮説の目的は、「寒川=韓川」を断定することではない。むしろ、寒川地名群の分布と渡来系氏族の分布との対応関係に注目し、地名を手がかりとして古代渡来人の移動経路や定着過程を復元しようとする点にある。
したがって本仮説は、単なる語源論ではなく、地名学・氏族研究・歴史地理学・渡来人研究をクロスオーバーする作業仮説として位置づけたい。
本稿の論者としても、
*音韻学的には「寒」を「韓」の代替表記として用いることに障害はない
としても、
*確かに同音だからといって、寒川が「韓川」だった証明にはならない。
という反論は十分に想定される。だからと言って、注目すべきは、
:播磨・讃岐・相模・下野などの寒川地名が、いずれも渡来系集団の活動が確認される地域に存在する
という事実に止目したい。
我が仮説に対する第2の反論として想定されるのは、例えば、
*、播磨国の寒川郷周辺には渡来系氏族の存在を示す史料が複数あるものの、「寒川郷に韓氏が存在した」と明記する史料は確認されていない
ことである。しかしながら、播磨国寒川郷があった地域(現在の宍粟市・佐用町方面に比定)から揖保郡・宍禾郡・神崎郡一帯には、
- 漢人(あやひと)系
- 秦氏系
- 鍛冶集団
- 製鉄集団
の活動は否定できないと言えよう。我が仮説の眼目は、
寒川郷⇒渡来系集団の受容・定着地⇒韓系集団の痕跡としての「寒川」
にある。つまり「寒川地名群の分布と韓系移住ネットワーク」を提起して、本論を閉じたい。
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