以下の記述は
小田静夫「黒曜石分析から解明された新・海上の道-列島最古の旧石器文化を探る④-」
『多摩考古』45, 2015.5(pp1-13)所収
に全面的に依拠した。この論文を拝読しつつ、黒曜石を愛してやまぬ小田静雄氏の情熱を感じ取る。これほどに没頭して黒曜石研究にまい進する研究は空前絶後であるに違いない。ご家族のご理解のたまものだろう。
小田静雄によると
「黒曜石は火山ガラスで割れ口は鋭く、また加工し易い美しい石材で、他の石材(チャート、砂岩、安山岩)に比べて群を抜いて優れた「石器」に適した岩石であった。特に細かい整形を必要とする両面加工の尖頭器や特に「石鏃」、また鋭い刃部が要求されるナイフ形石器、スクレイパーなどに多用された。この事実から、黒曜石は日本の先史時代(旧石器、縄文時代)を通じて、石器製作の材料として重要な役割を果たした石材でもあった(小田1984)。
しかし黒曜石は、どの火山でも産出するものではない。つまり酸性の火山岩-流紋岩-に伴う火山ガラスで、日本では北海道(白滝、置戸、十勝)、本州中央部(長野・和田峠、霧ヶ峰、静岡・箱根<柏峠>、東京・神津島<恩馳島>)、九州地方(佐賀・腰岳、大分・姫島)に良質の産出地が存在し、京都大学の藁科哲男・東村武信の集計で全国には80ヵ所近くの原産地が登録されている(藁科・東村1988)。」
しかも、
「神津島産が二つの原石群、神津島第1群<恩馳島・長浜・沢尻湾>と第2群<砂糠崎・長浜・沢尻湾>)に細分できることが判明した(藁科・東村1984)。その結果、今まで謎であった遺跡出土の良質の石器類が、神津島第1群(特に恩馳島産)に一致することが確かになった(小田1997,2000)。」
である。
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