2026年5月18日月曜日

古代上総の政治的動向(試案)

 1)要約

上海上国造と下海上国造は現在の千葉県中部に存在した「海上国(国は国家ではなく、強力な政治的指導者によってガバナンスされる地域の通称)」をルーツとする国造である。
養老川・小櫃川の段丘縁辺に建設された巨大古墳群に見るように、東京湾航路と内陸水運を掌握し、ヤマト王権に接近した湾岸首長権力者が登場。5〜6世紀ごろに、海上国は2分割され、さらにヤマト王権によって、武社国造が樹立されたことによって、おのずと海上国造は分離した。

>>市原市の「海上郷・海部郷」は、伊勢湾から航海に長じた人々が黒潮に乗って、 はるばるこの地にやってきた海人集団であっただろうといわれている。古代における航海や 漁撈などに携わる人々を指していた。海部は「航海・漁撈などに従事した朝廷の部」で、房 総に進出してきた大和政権が海部としての居住地にしていったと考えられる。天長5年 (828)の正倉院庸布銘文に「海部郷戸主刑部小黒人」とみえる



(2)時系列による理解

【3世紀後半〜4世紀】 ・海上国(首長連合)が成立 ・中心:養老川流域(姉崎古墳群) ・ヤマト王権との早期接触(稲荷台1号鉄剣) 【5世紀前半】 ・海国の最盛期(関東広域に影響力) ・海上国造(単一)として機能 【5世紀後半〜応神朝】 ・海上国が二分される → 上海上国造
→ 下海上国造 ・分割理由:王権の政治的再編(香坂王・忍熊王事件後の処分説か、存擬) 【6世紀前半】 ・武社国造の成立(海上国造領域にヤマト王権がくさびを打つ) ・菊麻国造の台頭(南部で独立) 【6世紀後半〜7世紀】 ・海上国造勢力の縮小 ・国造制の再編(上総国成立へ)

(3)系譜モデル
天穂日命 └─建比良鳥命(海上国造の祖) └─忍立化多比命(上海上国造) └─五十狭芽宿禰 └─久都伎直(下海上国造)
天穂日命 └─建比良鳥命(海上国造の祖) └─忍立化多比命(上海上国造) └─五十狭芽宿禰 └─久都伎直(下海上国造)

(4)国造別特徴
  • 上海上国造:古墳規模最大、王権との接触最も早い⇒東日本(関東~東北)における物流の拠点

  • 下海上国造:上海上の南側に派生

  • 武社国造:王権が意図的に「中央にくさびを打ち込んだ可能性」⇒東国支配の中核

  • 菊麻国造:地域勢力の自立

(5)ヤマト王権の戦略
① 内的要因(海上国の巨大化) ・養老川流域の首長連合が肥大化 ・内部統治のための分家化 ② 外的要因(ヤマト王権の政治介入) ・香坂王・忍熊王事件後の処分 ・関東の軍事・海上交通の掌握 ③ 地域要因(房総南部の独立化) ・菊麻国造の台頭 ・武社国造の成立(ヤマト政権の強制的配置)
(6)結論に代えて

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