2026年5月12日火曜日

5世紀後半代の日本の初期横穴式石室墳は楽浪・帯方漢人を祖 先とする中国系百済人の墓か?

  井上主税 2023「大和地域の百済系渡来人の様相」『都市と宗 教の東アジア史』(アジア遊学280)勉誠出版

を読む。

 代表作『朝鮮半島の倭系遺物からみた日朝関係』(学生社2014年)の著書を持つ井上主税氏によると、百済漢城期の古墳に関する最近の調査成果が蓄積することに判明したのは、ミニチュア炊飯具(竈・甑・釜・鍋)や釵子(かんざし)を副葬した5世紀後半の日本の初期横穴式石室墳は、楽浪・帯方漢人を祖 先とする中国系百済人の墓であるという。

 その典型は、真弓鑵子塚古墳(真弓鑵子塚古墳発掘調査報告書 : 飛鳥の穹窿状横穴式石室墳の調査、明日香村文化財調査報告書 ; 第7集)や観覚寺遺跡(高取町観覚寺)や清水谷遺跡(高取町清水谷)に代表される、飛鳥周辺に分布する穹窿状(ドーム状)天井をもつ横穴式石室墳であり、それらは東漢氏を代表と する中国系百済人の墓域ではないかと推測する。

 相当に踏み込んだ井上氏の仮説の提出だが、大歓迎したい。

 それまでの行政報告書では、例えば明日香村の場合、

 「渡来系の人々が生活していたとされる大壁住居やオンドル(暖房施設)遺構等も検出されています。また彼らが使用していたとされる陶質土器や韓式系土器等も出土しています。村内からは島庄や岡、奥山といった地域でも確認されており彼らの活動の広さを知ることができます。また檜隈地域には東漢氏の氏寺とされる檜隈寺(大字檜前)や呉原寺(大字栗原)が造営されており、渡来系の人々の住居や寺院、古墳といった遺跡が村内でも数多く確認されています。」真弓遺跡群の調査 | 明日香村 公式ホームページ

とあるだけで、調査者の本意は別として、行政報告である性格上、慎重に仮説の提出を留保している。

「渡来系の人々」までは言及しても、「東漢人」だと断定的に書けないジレンマを示す。もちろん考古学関係者は大人なので、そのあたりは「阿吽の呼吸」で察してはいるはず。

 しかしながら、よもや「東漢人は楽浪・帯方漢人を祖 先とする中国系百済人」だとまでは、言い切れないので、それを井上主悦氏が代弁しているだろう。

 井上氏の驥尾に付して、「東漢人は楽浪・帯方漢人を祖 先とする中国系百済人」説に私は賛同する。現在の韓国史学会では、百済国に韓国民族以外の人々が混在していたと認定することは、政治的に不可能である。しかしいずれにせよ、百済が民族的にハイブリッドであったと理解することに躊躇してはなるまい。

蛇足の余談)井上主税氏は韓国大邱にある慶北大学校で研修なさったという。大邱方言の使い手であろう、

*백 번 맞심더!



 

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