犬飼隆氏の「有韻尾字による固有名詞の表記」『木簡研究』第11号、1989年、156~169頁によると、 「伊看我評」の読み関する議論があったという。
*「イカガ」(直木孝次郎説)か「イカルガ」(東野治之・工 藤力男説)のいずれの読みが妥当か?
東野・工
藤両氏のみならず犬飼隆氏も「イカルガ」説に賛同している。それは正しい解答であろうか。
いつものように、
Bernhard Karlgrenの上古音再構では
「看」= kʰan-s ( 声母は kʰ-、韻は -an、去声は -s )
である。もう少し詳述すれば、「看」は
①切韻
② 溪母・寒韻・去声 に属す
③声母:kʰ-(無声 aspirated 軟口蓋破裂音)
④韻:-an(寒部)
⑤声調:去声(上古では -s 付加)
したがって、カールグレンの上古音は一般に「kʰan-s」となる。なおこのカールグレン上古音推定は、中古音で kʰanH(去声)であるので、これとも矛盾しない。
ちなみに
*Baxter–Sagart (2014):kʰˤan-s
*Zhengzhang Shangfang (鄭張尚芳):kʰan-s
*李方桂:kʰan-s
であるので、4者は一致する。
中古音の声母・韻尾をよく保存している漢越音は
*看 → khán(去声 → sắc)
と復元でき、同じ中古音層を借用した古代韓国語は、
+간 kan
である。
犬飼氏が的確に指摘している通り、
*「ツルガの「敦賀」、ハリマの「播磨」、ヘ
グリの「平群」など
の例に見る「韻尾 N」の「R音」化はその傍証となるだろうか。
例えば、「播磨」の「播」である。
Bernhard Karlgrenは、漢字「播」の上古音(Archaic Chinese)を *pʷâ と復元している。つまり、
*声母:pʷ-(唇音+円唇化)
*韻母:-â(開音節の低母音)
*入声などの終子音なし(平声字扱い)
カールグレンによると、「播」の中古音(広韻系)pa 系であり、円唇化した唇音をもつ形として再構した。
なお、William H. BaxterとLaurent Sagartによる Baxter–Sagart(2014)上古音体系では、
「播」の上古音:*pˤaj-s
つまり、
*p-:無声両唇破裂音(幫母系)
*ˤ:咽頭化(いわゆる type A 音節)
*-aj:主母音 a に終音 -j を伴う韻
*-s:接尾辞 -s(古代の去声形成接辞)
中古音では「播」は去声(博箇切)
『広韻』反切:博箇切
『広韻』声母:幫母(p-)
『広韻』韻部:戈韻
等呼:一等
声調:去声
さらにWilliam.Baxter 1992 では、去声を -H で表記して
*上古音:*paH
**pˤaj-s
p-:幫母
ˤ:咽頭化(A型音節)
-aj:主母音+滑音
-s:去声形成接尾辞
であるとする。
さらに、鄭張尚芳体系では:
*paːs
ここでの問題は、犬飼隆氏の上古音や中古音の理解度である。いったい、いつの時代の日本漢字音「播=ハン」と想定しているのだろうか。
結論を言えば、私の考えは
*「伊看我(評)」=「いかが」(直木孝次郎説)
に賛成である。東野氏などのように「ル」を設定することは不可能であり、失考であると考える。むしろ「木簡庫」のように(資料①)、「イカガ」説を積極的に採用して、「「伊看我評」は、『和名抄』の丹波国何鹿郡にあたる」とすべきであるまいか
<資料①>
| URL | https://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/6AJLDB64000103 |
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| 木簡番号 | 1727 |
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| 本文 | ・伊看我評・芎窮八斤 |
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| 寸法(mm) | 縦 | 90 |
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| 横 | 24 |
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| 厚さ | 4 |
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| 型式番号 | 032 |
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| 出典 | 藤原宮4-1727(荷札集成-148・木研11-33頁-2(5)・ 飛9-9下(34)) |
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| 文字説明 | |
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| 形状 | 上削り、左削り、右削り。下端切断後表裏から面取り。 |
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| 樹種 | ヒノキ科# |
|---|
| 木取り | 板目 |
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| 遺跡名 | 藤原宮跡西面南門地区 Fujiwara Palace Site (West Side of the South Gate Sector) |
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| 所在地 | 奈良県橿原市四分町 |
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| 調査主体 | 奈良国立文化財研究所飛鳥藤原宮跡発掘調査部 Department of Asuka and Fujiwara Palace Sites Investigations, Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| 発掘次数 | 藤原宮第58-1次 |
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| 遺構番号 | SD1400 |
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| 地区名 | 6AJLDB64 |
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| 内容分類 | 荷札 |
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| 国郡郷里 | 丹波国何鹿郡〈伊看我評〉 |
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| 人名 | |
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| 和暦 | |
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| 西暦 | |
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| 遺構の年代観 | 694-710 |
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| 木簡説明 | 上端・左右両辺削り、下端切断の後表裏から面取り。「伊看我評」は、『和名抄』の丹波国何鹿郡にあたる。「芎窮(キュウキュウ)」は、川芎(センキュウ)ともいい、セリ科の多年草センキュウの根茎に比定される。『本草集注』草木中品、『本草和名』草上・『医心方』に「於无奈加都良久佐」、内閣文庫本『延喜式』典薬寮に「オウナカツラクサ」(3中宮朧月御薬条)とみえ、『延喜式』典薬寮に、丹波など十二箇国の年料雑薬としてみえる(78丹波年料雑薬条など)。 |
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| DOI | http://doi.org/10.24484/mokkanko.6AJLDB64000103 |
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<資料②>
| URL | https://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/6AJLDA64000101 |
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| 木簡番号 | 1728 |
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| 本文 | ・伊看我評・当帰五斤 |
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| 寸法(mm) | 縦 | 94 |
|---|
| 横 | 23 |
|---|
| 厚さ | 4 |
|---|
| 型式番号 | 032 |
|---|
| 出典 | 藤原宮4-1728(荷札集成-149・ 飛20-28上・木研11-34頁-2(6)・ 飛9-9下(35)) |
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| 文字説明 | |
|---|
| 形状 | 下削り、左削り、右削り、上端切断の上表裏ともに面取りする。下端左右両角を削り落とす。 |
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| 樹種 | ヒノキ科# |
|---|
| 木取り | 板目 |
|---|
| 遺跡名 | 藤原宮跡西面南門地区 Fujiwara Palace Site (West Side of the South Gate Sector) |
|---|
| 所在地 | 奈良県橿原市四分町 |
|---|
| 調査主体 | 奈良国立文化財研究所飛鳥藤原宮跡発掘調査部 Department of Asuka and Fujiwara Palace Sites Investigations, Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| 発掘次数 | 藤原宮第58-1次 |
|---|
| 遺構番号 | SD1400 |
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| 地区名 | 6AJLDA64 |
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| 内容分類 | 荷札 |
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| 国郡郷里 | 丹波国何鹿郡〈伊看我評〉 |
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| 人名 | |
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| 和暦 | |
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| 西暦 | |
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| 遺構の年代観 | 694-710 |
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| 木簡説明 | 上端切断の後表裏から面取り、下端・左右両辺削り。「当帰(トウキ)」は、セリ科の多年草トウキ(和名カラトウキ)の根に比定される。『本草集注』草木中品、『本草和名』草中に「也末世利、宇末世利、加波佐久」、『医心方』に「宇末世利、也末世利、於保世利、加波佐久」とみえる。『延喜式』典薬寮に、丹波国が当帰を貢納する規定はみえないが(78丹波年料雑薬条)、隣国の但馬国に「当帰十斤」の規定があるなど十七箇国の年料雑薬としてみえる(80但馬年料雑薬条など)。奈良県飛鳥京跡苑池遺構から「当帰二両」(奈良県立橿原考古学研究所『史跡・名勝飛鳥京跡苑池(一)』五一号)と記した木簡が出土している。 |
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| DOI | http://doi.org/10.24484/mokkanko.6AJLDA64000101 |
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