2026年3月1日日曜日

「伊看我評」は東野治之・犬飼隆説「イカルガ」に反対し、「いかが」説を提唱し、「木簡庫」説に賛同する

犬飼隆氏の「有韻尾字による固有名詞の表記」『木簡研究』第11号、1989年、156~169頁によると、 「伊看我評」の読み関する議論があったという。

*「イカガ」(直木孝次郎説)か「イカルガ」(東野治之・工 藤力男説)のいずれの読みが妥当か?

東野・工 藤両氏のみならず犬飼隆氏も「イカルガ」説に賛同している。それは正しい解答であろうか。

いつものように、

Bernhard Karlgrenの上古音再構では

「看」= kʰan-s ( 声母は kʰ-、韻は -an、去声は -s )

である。もう少し詳述すれば、「看」は

①切韻

② 溪母・寒韻・去声 に属す

③声母:kʰ-(無声 aspirated 軟口蓋破裂音)

④韻:-an(寒部)

⑤声調:去声(上古では -s 付加)

したがって、カールグレンの上古音は一般に「kʰan-s」となる。なおこのカールグレン上古音推定は、中古音で kʰanH(去声)であるので、これとも矛盾しない。

ちなみに

*Baxter–Sagart (2014):kʰˤan-s

*Zhengzhang Shangfang (鄭張尚芳):kʰan-s

*李方桂:kʰan-s

であるので、4者は一致する。

中古音の声母・韻尾をよく保存している漢越音は

*看 → khán(去声 → sắc)

と復元でき、同じ中古音層を借用した古代韓国語は、

+간 kan

である。

犬飼氏が的確に指摘している通り、

*「ツルガの「賀」、ハリマの「磨」、ヘ グリの「平」など

の例に見る「韻尾 N」の「R音」化はその傍証となるだろうか。

例えば、「播磨」の「播」である。

Bernhard Karlgrenは、漢字「播」の上古音(Archaic Chinese)を *pʷâ と復元している。つまり、

*声母:pʷ-(唇音+円唇化)

*韻母:(開音節の低母音)

*入声などの終子音なし(平声字扱い)

カールグレンによると、「播」の中古音(広韻系)pa 系であり、円唇化した唇音をもつ形として再構した。

なお、William H. BaxterLaurent Sagartによる Baxter–Sagart(2014)上古音体系では、

「播」の上古音:*pˤaj-s

つまり、

*p-:無声両唇破裂音(幫母系)

ˤ:咽頭化(いわゆる type A 音節)

-aj:主母音 a に終音 -j を伴う韻

-s:接尾辞 -s(古代の去声形成接辞)

  • 中古音では「播」は去声(博箇切)

  • 『広韻』反切:博箇切

  • 『広韻』声母:幫母(p-)

  • 『広韻』韻部:戈韻

  • 等呼:一等

  • 声調:去声

  • 一般的な現代的中古音再構:paH(H は去声を示す符号、上古 -s 由来)

 さらにWilliam.Baxter 1992 では、去声を -H で表記して

*上古音:*paH

  • 幫母=単純な p-

  • 韻母は -a

  • 去声は -H


  • Laurent SagartWilliam H. Baxter(2014)では、

*pˤaj-s

  • p-:幫母

  • ˤ:咽頭化(A型音節)

  • -aj:主母音+滑音

  • -s:去声形成接尾辞

であるとする。


さらに、鄭張尚芳体系では:

*paːs

  • 長母音 -aː-

  • 去声由来の -s

  • 円唇化は認めない

ここでの問題は、犬飼隆氏の上古音や中古音の理解度である。いったい、いつの時代の日本漢字音「播=ハン」と想定しているのだろうか。

結論を言えば、私の考えは

*「伊看我(評)」=「いかが」(直木孝次郎説)

に賛成である。東野氏などのように「ル」を設定することは不可能であり、失考であると考える。むしろ「木簡庫」のように(資料①)、「イカガ」説を積極的に採用して、「「伊看我評」は、『和名抄』の丹波国何鹿郡にあたる」とすべきであるまいか


<資料①>

■詳細

URLhttps://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/6AJLDB64000103
木簡番号1727
本文・伊看我評・芎窮八斤
寸法(mm)90
24
厚さ4
型式番号032
出典藤原宮4-1727(荷札集成-148・木研11-33頁-2(5)・飛9-9下(34))
文字説明 
形状上削り、左削り、右削り。下端切断後表裏から面取り。
樹種ヒノキ科#
木取り板目
遺跡名藤原宮跡西面南門地区
Fujiwara Palace Site (West Side of the South Gate Sector)
所在地奈良県橿原市四分町
調査主体奈良国立文化財研究所飛鳥藤原宮跡発掘調査部
Department of Asuka and Fujiwara Palace Sites Investigations, Nara National Research Institute for Cultural Properties
発掘次数藤原宮第58-1次
遺構番号SD1400
地区名6AJLDB64
内容分類荷札
国郡郷里丹波国何鹿郡伊看我評
人名 
和暦 
西暦 
遺構の年代観694-710
木簡説明上端・左右両辺削り、下端切断の後表裏から面取り。「伊看我評」は、『和名抄』の丹波国何鹿郡にあたる。「芎窮(キュウキュウ)」は、川芎(センキュウ)ともいい、セリ科の多年草センキュウの根茎に比定される。『本草集注』草木中品、『本草和名』草上・『医心方』に「於无奈加都良久佐」、内閣文庫本『延喜式』典薬寮に「オウナカツラクサ」(3中宮朧月御薬条)とみえ、『延喜式』典薬寮に、丹波など十二箇国の年料雑薬としてみえる(78丹波年料雑薬条など)。
DOIhttp://doi.org/10.24484/mokkanko.6AJLDB64000103

■研究文献情報


<資料②>

詳細

URLhttps://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/6AJLDA64000101
木簡番号1728
本文・伊看我評・当帰五斤
寸法(mm)94
23
厚さ4
型式番号032
出典藤原宮4-1728(荷札集成-149・飛20-28上・木研11-34頁-2(6)・飛9-9下(35))
文字説明 
形状下削り、左削り、右削り、上端切断の上表裏ともに面取りする。下端左右両角を削り落とす。
樹種ヒノキ科#
木取り板目
遺跡名藤原宮跡西面南門地区
Fujiwara Palace Site (West Side of the South Gate Sector)
所在地奈良県橿原市四分町
調査主体奈良国立文化財研究所飛鳥藤原宮跡発掘調査部
Department of Asuka and Fujiwara Palace Sites Investigations, Nara National Research Institute for Cultural Properties
発掘次数藤原宮第58-1次
遺構番号SD1400
地区名6AJLDA64
内容分類荷札
国郡郷里丹波国何鹿郡伊看我評
人名 
和暦 
西暦 
遺構の年代観694-710
木簡説明上端切断の後表裏から面取り、下端・左右両辺削り。「当帰(トウキ)」は、セリ科の多年草トウキ(和名カラトウキ)の根に比定される。『本草集注』草木中品、『本草和名』草中に「也末世利、宇末世利、加波佐久」、『医心方』に「宇末世利、也末世利、於保世利、加波佐久」とみえる。『延喜式』典薬寮に、丹波国が当帰を貢納する規定はみえないが(78丹波年料雑薬条)、隣国の但馬国に「当帰十斤」の規定があるなど十七箇国の年料雑薬としてみえる(80但馬年料雑薬条など)。奈良県飛鳥京跡苑池遺構から「当帰二両」(奈良県立橿原考古学研究所『史跡・名勝飛鳥京跡苑池(一)』五一号)と記した木簡が出土している。
DOIhttp://doi.org/10.24484/mokkanko.6AJLDA64000101

■研究文献情報



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