『出雲国風土記』(天平5年・733年)には、9郡が掲載されている。
ここでは大原郡を取り上げたい。
常々、不思議なのは大原郡が設置された雲南市大東町・加茂町・木次町を、特に斐伊川に架けられた里熊橋のたもとか、あるいは城名樋屋山(雲南市木次町里方、標高117メートル)の頂上に上っても、それらから視界に入るのは「大きな原」と呼ぶには狭い土地。木次町のみならず、大東町内・加茂町内も同様である。どこに「大きな原」が存在するのだろうかというのが、実感。
「大原」と呼称するならば、出雲平野や松江平野などの斐伊川や大橋川などが作った低湿地帯の沖積平野がふさわしい。したがって、そもそも「大原」の漢字に引きずられて、「大きな原」だと理解することは正解から遠ざかっているのではないかという長年の疑問が本稿の出発点。
発想を変えて、別な観点から、この「大原」の語源に迫る可能性も考慮したい。
そこで連想するのは伯耆国の「大原」と呼ばれる地である。その地は複数存在し、結論を先取りすれば、それぞれに「古代たたらの生産地」であった。
地域 | 備考 |
---|---|
①伯耆町八郷大原 | |
②日南町下阿毘縁大原 | 鋼の産地、たたら生産地跡あり |
③日野町上菅大原 | 日野郡内に500ヶ所以上確認されている「たたら跡」。鍛冶滓が残存。鳥取県指定史跡 都合山たたら跡 - info-hinonohi ページ! |
④倉吉市大原 | 鍛冶滓が出土、砂鉄採取のための「鉄穴井手」。「真守(鍛冶)屋敷跡」「鉄山屋敷」「たたら窪」などの伝承地。後世の刀鍛冶集団「廣賀」が活躍安綱ゆかりの地 ⑤倉吉市大原 - info-hinonohi ページ! |
当然ながらの反論として、まずは単なる思い付きに過ぎないと指摘されるだろう。伯耆国に「大原」はそうだとしても、出雲国の「大原」がかっての「たたら生産地」であるという考古学的物証もなく、文献上のエビデンスもないと反駁されるにちがいない。
それは我が思い付きの本質的な弱点であると知りつつも、『出雲国風土記』大原郡条には、わずかな
波多小川。源は郡家の西南二十四里なる志許斐山より出で、北に流れて須佐川に入る。鐵あり。」
「飯石川。源は郡家の正東十二里なる佐久禮山より出で、北に流れて三刀屋川に入る。鐵あり。」
とある記事を掲出できるにすぎない。
しかも「たたら生産」と「大原」の関係がないという決定的な反論もあろう。これにも回答を準備できないままであると正直に告白する。あえて抗弁するならば、前掲の伯耆国の山間地に位置する日野町上菅大原もそうだからと回答するしかない。
またまた無理な反論だと揶揄されそうだが、出雲国の山持ち糸原家のたたら生産で有名な出雲国仁多郡大原(島根県奥出雲町大原新田)にある大原鉄山を挙げても良いだろう。 その仁多郡大原にしても、実地に立った方ならばお分かりだろうが、山間の狭隘な地である。その地を「大きな原」と認定する方がおいでであるとすれば、何をか言わんやである。つまり「大原」の漢字に引かれて語義を理解するのではなく、別な語義を想定すべきではないだろうか。
正直に告白すれば、天平5年(733)成立の『出雲国風土記』にその地名大原が記載されているとすれば、その地名を命名した時期が問題となろう。
ましてや本稿では「大原ーたたら生産」との関連を主張しているわけなので、出雲におけるたたら生産の開始時期が気がかりである。
この点、角田徳幸(雲南市教育委員会)らの考古学的研究の進展によって、出雲、しかも雲南地域のたたら生産開始時期の発掘調査結果が判明しつつある(倉内 勝・角田徳幸・松尾充晶 「雲南市の製鉄遺跡とその年代」『雲南市⽂化財調査研究報告』第1集 抜刷 雲南市教育委員会 2025年3⽉ )。
その研究によると、
「 日本列島における鉄生産は、6世紀後半に中国・北九州・近畿で始まった。7世紀代には北陸・関東・ 東北南部、9世紀代には東北北部にも達し、古代製鉄は汎列島的に行われている。」(上掲書、1頁)
である前提の下で、出雲山間部において6世紀から9世紀至るまでに鉄関連物が出土したのは
羽森第3 ーー雲南市掛合町
瀧坂 ーー 雲南市三刀屋町
鉄穴内 ーー 雲南市三刀屋町
寺田Ⅰ ーー雲南市木次町
芝原 ーー仁多郡奥出雲町
などで砂鉄関連施設や残存物が出土した(角田博幸、前掲書、3頁)。しかしながらこれらの考古学的データだけでは我々の仮説の傍証とするにはほど多い。
博雅の士の教えを俟つ。
『岩波古語辞典』の「おほの(大野)」の項目には、
*「ノは山のすそ野。ゆるい傾斜地。平地に接した山の側面。山のふもとつづきの地」(24頁)
とあり、同じく「はら(原)」の項目には、
「手入れせずに広くつづいた平地」(1089頁)
とある。
そして「
あえて一つの妄説・仮説として提出しておきたい。
**************
蛇足であるが、「大原」は「
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