2026年3月15日日曜日

下野国「三家」は「ミヤケ」とだけ読むべきか?

 ある古代史研究者が最近発表された論文の中で、

「ミヤケは屯倉・三家・三宅」

とも表記されるという前提で、自説を展開された。

私の仮説は、3つの用字の中で

*三家は「ミヤケ」とも読み、「ミ+の+べ」とも読む

である。なるほど当然な主張として

*「大伴家持の『家』をヤカと読めば、三家もミヤカと読める」

そうであれば、古代史家の特有用語「通音」で「ミヤカはミヤケ」だと。たしかに「ミヤケ(ケの乙類) MIyaK ëであり、「ミ+ヤカ(家もしくは宅)」だとする通説に異論を唱えるものではない。

しかし、もう一つの読みの可能性をあえて提出したい。『倭名類聚抄』上総国の条に

周淮郡  : 山家[也万以倍(iF ë)

とあり、また、南房総市千倉町には日本で唯一、料理の神様を祀った高家(たかべ)神社もある。つまり

Takai+iF ë⇒Taka+iF ë⇒Taka+B ë

であると考える。そうであれば、

*三家=ミ(御・接頭語「ミ Mi」)+ B ë

⇒ 道 ミチ(Mi +ち)

⇒ 宮 ミヤ(Mi+や)

⇒ 「ミ(Mi)+ 一音節語」の図式

と読んでも奇妙ではない。

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