2026年4月22日水曜日

鹿児島県大崎町横瀬古墳の埋葬者は?

 


大崎町横瀬古墳とは?

所在地:大崎町横瀬字エサイ(仮宿1029番地)

①前方後円墳(志布志湾の海岸線より約1km入りこんだ標高約6mの水田中にある。墳長137m後円部径80m高さ10.5m,くびれ部幅58m,前方部最大幅88m,高さ11.5mで周囲には濠がめぐっている。後円部は削られて,竪穴式石室の天井石が露出している。)鹿児島県/横瀬古墳


円筒埴輪・形象埴輪などを持つ古墳の西南限が横瀬古墳、東北限は岩手県の角塚古墳(大量の円筒埴輪片・形象埴輪片(人物・鳥・馬・盾・草摺(くさずりなど)が墳丘・周濠跡より出土

③大阪府の陶邑窯の須恵器(5世紀後半~6世紀初頭)出土。 南は横瀬古墳、北は岩手県膳性遺跡で陶邑産の須恵器が流通。

④日本列島の河内・奈良地域を中心地とする文化の波及を想定する。

 ⑤S52・53鹿児島県教育委員会周濠確認。

 H22・23大崎町教育委員会外濠確認。 

H30 S52・53調査時の出土遺物を譲渡 申請

⑥大崎町教育委員会2016『横瀬古墳』大崎町埋蔵文化財発掘調査報告 書(9



拙論:志布志湾沿岸における首長権力の形成と展開

あなたの文書は、飯盛山古墳 → 横瀬古墳 → 唐仁大塚古墳 の三古墳を軸に、 志布志湾沿岸で5世紀に展開した首長権力の発展を論じています。

以下、章構成に沿って要点をまとめます。

序論(研究目的)

  • 志布志湾沿岸には、5世紀前半〜後半にかけて連続的に大型古墳が築造された。

  • これらは規模・副葬品・立地・政治性が段階的に変化しており、 首長権力の発展過程を示す重要資料である。

  • 特に海面が現在より高かった古墳時代の地形環境が、 海上交通を基盤とする首長権力の成立に大きく影響した。

第1章 志布志湾の地形環境と古代海岸線

1. 志布志湾の地形的特徴

  • 遠浅の湾で、砂丘帯と湿地帯が広がる。

  • 海面変動の影響を受けやすい地形。

2. 古墳時代の海面変動

  • 海面は現在より 1〜2m高かったと推定。

  • 志布志湾では海岸線が 500m〜1.5km 内陸に入り込んでいた可能性。

3. 横瀬古墳の立地が示す海岸線

  • 南北は砂丘、東西は湿地に囲まれた「海浜型前方後円墳」。

  • 当時は 海を望む位置に築造されていた。

4. 海上ネットワークと首長権力

  • 志布志湾は南西諸島〜瀬戸内を結ぶ海上交通の要衝。

  • 古墳群は、この海上ネットワークを掌握した首長権力の存在を示す。

第2章 飯盛山古墳と初期首長権力

1. 飯盛山古墳の概要

  • 全長80m、鹿児島県最古級の前方後円墳。

  • 志布志港を見下ろすダグリ岬山上に築造。

2. 大隅隼人首長層との関係

  • 被葬者は大隅隼人の首長層、または同等の豪族と推定。

3. 海上交通の掌握

  • 海上ルートの監視に最適な立地。

  • 志布志湾の初期首長権力の中心。

4. 横瀬古墳との連続性

  • 飯盛山(5世紀前半)→横瀬(5世紀中葉)

  • 同一政治圏の連続した首長墓と理解できる。

第3章 横瀬古墳とヤマト政権との接続

1. 規模と構造

  • 全長165m、5世紀中葉では九州最大級。

  • 二重周溝(内溝+外溝)を備える。

2. 出土遺物

  • 陶邑窯産須恵器、円筒埴輪・形象埴輪。

  • 畿内的儀礼の導入=ヤマト政権との強い関係。

3. 被葬者像

  • 「大陸〜南西諸島〜近畿を結ぶ広域交流を掌握した首長」 (大崎町教育委員会の記述)

4. 立地の特異性

  • 海に近接した砂丘帯に築造された南九州では珍しい例。

第4章 唐仁大塚古墳と南九州盟主権力

1. 古墳群の中心

  • 全長185m、鹿児島県最大の前方後円墳。

  • 周囲に140基以上の古墳群。

2. 副葬品

  • 朱塗り石棺、短甲など。

  • 武力と威信財を備えた首長の墓。

3. 政治的性格

  • 地域政治の統合段階を示す。

  • 横瀬古墳の後継として、南九州の盟主権力を象徴。

第5章 権力の東進モデルの提唱

1. 三古墳の連続性

  • 飯盛山(志布志)→横瀬(大崎)→唐仁(東串良)

  • 首長権力が東へ移動しながら巨大化した。

2. 海上ネットワークの役割

  • 志布志湾の海上交通が権力拡大の基盤。

3. 古代海岸線の影響

  • 海に近接した立地が首長権力の性格を規定。

結論

  • 志布志湾沿岸の首長権力は、海上交通を基盤に成立し、 飯盛山 → 横瀬 → 唐仁 の順に発展した。

  • 横瀬古墳はその政治的ピークを示し、ヤマト政権との結びつきが最も強い。

  • 古代海岸線の復元は、古墳立地と首長権力の理解に不可欠である。











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