「百済」は朝鮮半島に存在した古代国家の一つである。百済国滅亡時だけでなく、「渡来人」・「帰化人」などと呼称される百済人が多数いた。周知のとおり、彼らは仏教・技術などを日本に持ち込んで、日本文化形成に大きな影響を与えた。
さて、日本の教科書では、「百済」の漢字には「クダラ」と読むと教えられる。
それは正解であろうか。
すでに古代日本語研究者から、この警鐘は発信されてきたが、古代史研究者は完全に無視してきた感がある。
*「百済」の読みが「くだら」でない説はすべて「くだらない」なのだろうか。
ところで、『類聚名義抄』図書寮本に注目したい。
『類聚名義抄』図書寮本といえば、平安時代院政期の成立である。内容は、一文字または二文字以上の漢字を掲出語とし、その発音・意義・字体を漢文で説明し、片仮名の和訓と字音をも表示した部首分類体の、今日でいえば漢和辞典である。本文343頁に、3,675項目を収録する。
その『類聚名義抄』図書寮本の「百済琴」の項目に、
*百済瑟、久太良古度
*箜篌百済国琴也 和名、久太良古止
とある。
この両語には、明白に「くタら」と清音「太」で表記されている。
平安時代には濁音「ダ」ではなく、清音で発音されていた。とすれば、古代に遡っても清音で、「くたら」と呼んでいたと可能性が高い。
くく この復元を今後ともに無視するのか、検討に着手するのか、
たとえ孤軍奮闘と言われたとしても、持論に従って、私は「くたら」と読み続けたい。
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