『延喜式』民部下には、大宰府 に配置された職業別役人は、次の通りである。
「帥三○人、大弐二〇人、少弐一二人、大少監各八人、主神・主工・大少典・博士・明 法博士・主厨各六人、音博士・陰陽師・医師・算師・主船各五人、大唐通詞四人、史 生・新羅訳語・弩師・傔仗各三人、府衛四人、学校二人、蔵司二人、税倉二人、薬司 二人、匠司一人、修理器仗所一人、守客館一人、守辰六人、守駅館一人、儲料二○人 また主船一百九十七人、厨戸三百九十六烟」
とある。
我々の関心事である通詞に関していえば、
*新羅語通詞3名と中国語通詞4名
に自然と目が向く、新羅語通詞と中国語通詞が常駐していたとすれば、
1、その言語習得法:学校で習得したのか、指導者はだれか、教材はなにか、試験制度はあったのか、学校があったならば、その場所はどこかなどなど
2,通詞に段階があったのか:大通詞や稽古通詞などの身分上の区別
3,通詞は単なる語学翻訳者だけであったのか、それともその能力を駆使して、貿易などにも関与したのか
などなど。
気になるのは、中国は「通詞」、新羅語は「訳語」の使い分けである。
そして、新羅語と百済語、任那語、高句麗語の違い。さらに大唐語であっても、今でもそうであるけれども、マンダリン(北京官語)と中国南部諸方言は誰が通訳したのかなど気がかりである。
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以下は、陸 迪 氏の論文「古代日本の大唐通事をめぐる一考察 A study of Daito Tsuji in ancient Japan」『東アジア文化研究』巻 7,2022年、 91-108頁に依拠した。
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