2023年7月8日土曜日

大宰府四天王寺四天王像

 『類聚三代格』巻2、宝亀5年(774)3月3

日太政官符

太政官符

応奉造四天王寺□像四軀事〈各高六尺>

右被内大臣従二位藤原朝臣宣称、奉勅、如聞新羅兇醜不顧恩義、 早懐毒心、 常為咒咀。仏神難誣、 慮或報応。宜令下大宰府直新羅国、高顕浄地奉造件像、攘攘中却其災。仍請浄行僧四口、 各当像前事以上、依最勝王経四天王護国品。日読経王、 夜誦神咒。但春秋二時別一七日、弥益精進依法修行。仍監已 上一人、専当其事。其僧別法服、麻袈裟蔭脊各一領。麻裳絁綿袴一腰。絁襖子汗衫各一領、襪菲各一両。布施絁一疋。綿三屯。布 二端、供養布施並用庫物及正税。自今以後永為恒例。 宝亀五年三月三日


この文が意味するのは、単に「鎮護国家思想によって四王院(四天王寺)が創建されました。」というお役所風解釈ではなく、新羅に対する日本の敵対心を表現していると考えるのが自然であろう。

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