2024年4月16日火曜日

赤司善彦著『大宰府跡』を読む

 赤司善彦著『大宰府跡』同成社、2024年が上梓された。その高著の公刊を謹んでお慶び申し上げます。

 そもそも赤司氏の御本の特長は、大宰府及び北部九州地区に関する考古学関係調査報告書のほぼすべてを自家薬籠中の物として記述されていることにある。門外漢や凡人の観光案内書ではとても歯が立たない、一味も二味も異なる最上のtasteに仕上がっている。大宰府跡の道案内人として余人を以て代えがたいとは、まさにこのこと。そのシリーズの人選にあたった編者の慧眼に、まずは敬意を表したい。

 今後ともに、赤司氏のもとに各方面から陸続として称賛の嵐が届くはずである。今さら私のごとき浅学菲才の「誉め言葉」などは九牛の一毛に過ぎない。したがって、赤司氏にとって「的外れな」蕪辞よりも、ここでは、その趣向を変えて、思いつくままに「へそ曲がり」を書き綴ることとした

い。


*赤司善彦氏が本書に込めたメッセージが何かに関しては、最後に記述するつもりである。


(1)脱字→48頁3行目「記述している」ではないか。

(2)悪文→例えば48頁下から3行目「~の部分があることが判明した」に見る「~が~が」の連続は不適切。小学校綴り方教室では減点もの。

(3)本書全体にわたる頻出する文末表現「~のである」の特異性→試算では、全体で39か所。この「~のである」という文末表現が持つ特別なニュアンスを、明敏怜悧な赤司氏に改めて説明するまでもないだろう。別な表現に変えた方が良いと愚案する。むしろ不要だとさえ思える。『日本語練習帳』(岩波新書)をご案内したい。

(4)しかしながら前記した「~のである」は、第4章のように、考古学的発掘成果を整理したり、記述する箇所では、ほとんど出現しない。これを通して、赤司氏の思考回路を探ることや、早書き(もしくは筆が難渋した、さもなくばひらめき感が不足した)箇所の推定が可能となる。

(5)加えて、赤司氏の定型化した文末表現を辿ることでも、氏の論述の判断度合いや推敲の跡を知る。その一例を分析すると興味深いが、本書の価値とは無縁であり、しかも野暮である。

(6)いささか我が筆がすべるので、次は赤司氏の失笑を買うかもしれない。筆者と赤司氏との接点は全くないので、そのご性格を存じ上げるすべもない。しかし赤司氏の論述を拝読すると、「(大相撲)突っ張り一直線」スタイルに思える。「張り手」があるとは言わないが、とにかく「押し相撲」。その典型的な例として、「大宰帥の公邸」(81頁~87頁)がある。迷いなく、自説を押して押して、立ち止まることはない。立ち止まって、周囲を見渡して「ホンマカイナ」とつぶやく事もない。ただし、私は赤司善彦説に賛同する。

(6)本書の羅針盤とも言える、「はしがき」にある「大宰府とは」の定義は、やや「ヤワ」であり、陳腐すぎないか。赤司氏の基本的分析視点と問題意識を明示する箇所だけに、いささか物足りない。

(7)本書の読者対象は一般人である。本書を携えて大宰府やその周辺を巡遊する方々でもある。もう少し肩の力を抜いたエピソードや平易な説明があっても良かったと思うが、ないものねだりか。基本的スタンスが異なる。

この点、お上手だったのは、NHK「ブラタモリ」。太宰府市考古学担当者が市内の居酒屋(?)に案内して、条坊制の理解を目で見えるようにした実例である。赤司氏の引き出しには山ほどのエピソードがしまい込まれているはず。小出しにせずに、この際、ドーンと出してほしかったのも、読者に息継ぐ場所がないからである。



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