「なぜ、正税帳を作らなければならなかったのか」
――内部管理帳簿から「説明責任の帳簿」へ
私が現在もっとも重要だと思うのは、次の一点である。
太政官が全国から送られてくる正税帳を、現代の税務署のように一冊一冊、全項目について検算していたとは考えにくい。
これは、正税帳研究の出発点を変えるにちがいない。従来は、正税帳に膨大な数字が並んでいることから、
「中央政府が地方財政を詳細に把握していた」
という方向に理解しがちだったからである。しかしむしろ逆に考えるべきではないだろうか。
「中央政府が本当に全部を検算する必要があったのなら、なぜ地方でこれほどまでに複雑な帳簿を作らせたのか」
そして、
「中央が検算しないのなら、この膨大な数字は何のために書かれているのか」
ここに「次の正税帳研究」の入口がある。
1)正税帳には「二つの情報」
正税帳とは、何か。少なくとも概念的には、
A 地方官衙が自分たちの仕事を処理するための情報
と、
B 中央に対して「われわれはこう処理した」と説明するための情報
が重なっている。つまり、
正税帳は内部管理帳簿そのものではなく、内部管理の結果を「中央が理解できる形式」に変換した帳簿
だったのではないだろうか。地方では、
「この郡で何束あった」
だけでは仕事にならない。実際には、
- 何を収納したか
- 何を支出したか
- 何を売却したか
- 何を移送したか
- 誰に食料を支給したか
- 出挙した稲がどれだけ戻ったか
- 戻らなかった分はなぜか
- 倉には何が残っているか
- 前年から何が繰り越されたか
などを処理しなければならない。現場の行政情報だからである。ところが、それを中央へ送るときには、そのままでは中央行政の言語にならないのは、当然である。それゆえに、
現場情報 → 地方官衙内部で処理 → 正税帳という行政言語へ変換 → 中央へ提出
という過程が必要になる。
2.では、中央政府は何をチェックしたのか
ここで「中央官衙は各国正税帳すべてを検算しなかった」とまで断定するのは危険だと思うものの、
中央政府が全項目について詳細な再計算を行うことを、正税帳制度の主要目的と考える必要はない
と言っても過言ではないはずである。むしろ中央政府が必要としたのは、
「異常があった場合に、その異常を発見できる情報」
だったのではないだろうか。
例えば、
- 数量が極端に違う
- 前年との連続性がおかしい
- 収納量と残高が合わない
- 出挙の元本と利稲の関係がおかしい
- 不動・動用の区分がおかしい
- 不用馬が売却されている
- 身死による免稲が発生している
- 倉庫の構成が変わっている など
こうした情報を目の前にして。中央政府の関心は、
全部を検算するための帳簿ではなく、「検査すべき箇所を発見するための帳簿」
として正税帳を利用したと想定しなくては、たとえ日常業務だとしても、過剰な量の毎年の検査業務はパンクする恐れがあったからである。いわゆる
3.すると「説明のための数字」が見えてくる
ここから、
「正税帳のどの記載が、単なる内部管理情報で、どの記載が中央への説明責任を意識した
情報なのか」
が、当面の課題であるものの、本格的な研究課題になるはずだ。例えば尾張国正税帳の、
「売不用馬1匹直50束」
という記載。
地方官衙だけで処理するなら、
「不用馬を売った。50束得た。」
という記録だけでも内部管理上は足りるかもしれない。しかし正税帳に、
「不用馬」+「1匹」+「直50束」
と記すことには別の意味がある。それは、
「なぜ国家財産である馬が帳簿から消えたのか
を説明しているからである。同じことは、
「売不用伝馬3匹直稲150束〈匹別50束〉」
にも言えるだろう。ここでは単なる収入計上ではなく、
資産の消滅 → 売却 → 代価の取得
という行政会計上の「変換」が記録されていると知るべきである。
4.「身死免稲」はさらに重要です
ここで、注目したい記事は
債稲身死卅六人免稲一千六百四束
である。「逃亡者などを身死として処理した」と即断するのではなく、
本来回収されるべきだった債稲が、制度上回収不能となった場合、その損失をどのような理由によって帳簿上処理したのか
と問い直したい。すると「身死」は単なる死亡者数ではなくなるだろう。これは、
国家財産の減少を正当化する説明情報
になる。地方官衙からすれば、
「1604束減りました」
だけでは困る。
中央から見れば、
「なぜ減った?」
となるからである。そこで、
「身死36人による免稲1604束」
という原因付きの数字になる。私はこれを、
「説明可能な損失」
という概念を提唱したい。
5.「数字」よりも「数字+理由」
ここで、正税帳を全部読み直すときの新しい方法論の提示にお気づきになるかもしれない。
従来は、
数字はいくらか。
が中心であったが、今後に論議すべきは、
その数字には、なぜその数字になったのかという説明が付いているか。
だからに焦点を置くべきだからだる。例えば、
| 記載 | 単なる管理情報として読めるか | 説明責任との関係 |
|---|---|---|
| 定穀 | ○ | △ |
| 不動 | ○ | △ |
| 動用 | ○ | ○ |
| 出挙元本 | ○ | ○ |
| 利稲 | ○ | ○ |
| 身死免稲 | △ | ◎ |
| 不用馬売却 | △ | ◎ |
| 伝馬売却 | △ | ◎ |
| 造穀→得穀 | △ | ◎ |
| 酒→滓 | △ | ◎ |
| 倉の種類・間数 | ○ | ○ |
| 雑用 | △ | ○〜◎ |
この見方をすると、正税帳の「奇妙な記載」が急に気がかりとなる。つまり、
中央が最も必要としたのは、平常値ではなく「説明を要する数字」だったのではないか。
6.「情報処理システム」と「行政交渉」の一本化
まず、我々が検討しなくてはならないのは、「行政交渉」という発想と、「情報処理システム」という発想が別々ではないことである。
第1段階 現場:物資・人・馬・稲・酒・労働・運送などが動く。
↓
第2段階 現場記録:「何が起こったか」を記録する。
↓
第3段階 地方官衙:複数の現場情報を照合・集計する。
↓
第4段階 行政会計化
単なる出来事を、
- 数量
- 価額
- 残高
- 損失
- 支出
- 収入
- 免除
- 売却
などの行政会計カテゴリーに変換する。
↓
第5段階 正税帳
さらに、
「なぜそうなったのか」
が必要な事項について、理由を付す。
↓
第6段階 中央政府
中央政府は全部を再計算するのではなく、
「異常」「例外」「説明を要する事項」
を把握する。
↓
第7段階
必要に応じて、
- 承認
- 確認
- 是正
- 指示
- 追加説明
などを行う。
これなら「行政交渉」という言葉も、かなり学術的に使えるようになります。
7.そして、私は「正税帳=中央への報告書」という理解も少し超えたい
いささか乱暴で大胆な提案であると知りつつも、正税帳を、
「中央に提出する財務報告書」
とだけ考えてはならないと思う。むしろ、
「地方行政の現実を、中央政府が処理可能な情報へ変換するインターフェース」
だったのではないかと、より積極的な評価を組み込んでも良いのではないだろうか。
換言すれば、正税帳は、
地方行政 → 中央行政
の単なる「報告書」ではない。両者の間にある翻訳装置と読み替えることである
地方では、
「今年はこういう事情で稲が回収できなかった」
という現実がある。
中央では、
「債稲」「免稲」「身死」
という制度カテゴリーで理解する。地方官は、現実をその制度カテゴリーに翻訳して提示する。これこそが「正税帳」の本質の一つではないだろうかと提言したい・
8.「太政官が全部チェックしない」ことは、むしろ制度成立の条件だった可能性の追求
さらに一歩、我々の考察を進めるならば、
「太政官が全国の正税帳を全部検算できるのか?」
という問いに対して、本稿の論者はこう反転させたい。
「できないからこそ、正税帳という形式が必要だったのではないか。」
中央政府が全国の現場を直接見ることはできない。だから、
地方官自身に、現場を「検証可能な情報」に変換させる。
つまり、
中央の情報不足を、地方官の帳簿作成によって補う。
これは律令国家の情報統治を考える上で、かなり重要な視点だと思います。
中央集権とは、
中央が全部を見ること
ではない。
むしろ、
中央が全部を見ることができないからこそ、地方から送られてくる情報を一定の形式に統一し、その形式によって遠隔地を統治すること
なのではないか。そう考えるならば、正税帳は単なる「税の帳簿」ではなくなるはずである。
9.「何が書かれているか」ではなく「なぜ、それを書く必要があったか」
ここまで来ると、研究方法そのものを変える必要性に迫られるに違いない。今後、各国正税帳を比較する際、
「この項目は何を意味するか」
だけではなく、
① なぜこの項目が必要なのか
② なぜこの数量が記録されるのか
③ なぜ数量だけでなく理由が付くのか
④ なぜ売却・免除・損失などの例外が詳しく書かれるのか
⑤ その情報は地方内部だけで必要なのか
⑥ それとも中央に説明するために必要なのか
を一つずつ問う。これを全ての正税帳に対して行えば、
「内部管理情報」と「中央への説明責任情報」の境界線
が浮かび上がってくる可能性に注目したい。その境界線こそ、これまでの正税帳研究では十分に意識されてこなかった領域でだったからである
10.研究仮説の提出
現段階では、かなり大胆にこのように考えている。本稿の論者は正解を提示するよりも、皆様の立場で、その回答をお考えいただきたい。これ以外の仮説でも、大歓迎である。とにかく活発な議論を展開したい。
仮説1
正税帳は、地方官衙内部の管理帳簿をそのまま中央へ提出したものではなく、地方行政の現場情報を中央行政が処理可能な形式へ再編成した「行政会計文書」である。
仮説2
正税帳の全情報が同じ行政的意味を持つわけではない。平常的な数量情報に対して、損失・免除・売却・変換・特殊支出などの「例外情報」は、中央への説明責任を強く意識した情報である。
仮説3
中央政府にとって正税帳の主要な機能は、全項目の再計算ではなく、地方行政の財務状態を標準化された情報として把握し、異常・例外・説明を要する事案を識別することにあった可能性がある。
仮説4
「身死免稲」「不用馬売却」「雑用」「造穀→得穀」などは、制度上予定された通常処理と、現実の行政活動との間に生じた差異を、正税帳上で説明可能な形に変換した痕跡として読める。
仮説5
したがって正税帳は、「報告書」というよりも、地方官衙と中央政府との間で行政上の認識を成立させるための情報インターフェースであり、そこには「行政的調整」の機能が内在していた。
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