「勘申」の「申」を読むに、したり顔に「勘+じん」だと読めという。加えて「申」の漢音が「じん」だからと説明する。しかし「申」に呉音・漢音共に「しん」は存在しても、漢音「じん」はない。
Karlgrenの『Grammata Serica Recensa』を取り上げたい。
①「申」はGSR番号:GSR 1137
②上古漢語(OC)再構音(Karlgren)
• ɕi̯ən(シエン)系⇒ Karlgren表記「śi̯ən 」
→Karlgrenの “Middle Chinese” は、『切韻』(601年)の音体系を基礎に再構したために、隋・唐代の標準音(長安系)(6〜10世紀)を中心とする時代の漢語音 であった。
→ちなみにBaxter–Sagartでは *l̥in / *l̥ə[n] 系
③特徴
• 歯茎硬口蓋化した ś- 系の声母
• 眞部(真韻)に属する語群
・調:平声
④それ故に、卑見は「カンシン」と読む。
⑤余談
「紳士」を「ジンし」とか、「申告」を「ジンこく」と読まないように、「眞部(真韻)に属する語群」の、一連の「申」字系列は
上古音:śi̯ən
中古御:ʑin
であったので、呉音・漢音共に、再構音は「シン」であったとして異論はない。
しかしながら、当然ながら反論として「神」は「ジン」とよむではないかと。たとえば「神社」は「ジン+しゃ」だと。ただし「神道」は「シンとう」だと断りながら。
この場合、神だけ呉音が「ジン」になる理由は三つの要因が重なったからだと説明しておきたい。
① 上古漢語で 「神」 は g- 系(濁音)に近い系列だった可能性がある。Karlgren では「神」を申系列とりあつかっているので、「シン」としてよまない。しかしBaxter–Sagart では *ɡin / *ɡə[n] 系に再構しており、限りなく「ジン」に近い。
つまり:
•*申・伸・紳・娠 → śi̯ən → ʑin → シン
• 神 → gən / gin → ʑin →(呉音で濁化)ジン
呉音は南朝音(5〜6世紀)を反映するため、濁音が残りやすい傾向であったので、呉音でジンになったと想定する。
② 宗教語彙は呉音で「濁音化」する傾向の可能性(仏教語の影響を予想する)
仏教語彙関連の呉音には、語頭に濁音(ガ行・ザ行・ダ行・バ行)が多い。
例:
• 寺(ジ)
• 慈(ジ)
• 受(ジュ)
• 大(ダイ)
• 蛇(ジャ)
これは南朝仏教音の特徴で、宗教語を「荘厳な濁音」で読む傾向があったためと考えられる。
③ 日本語の語彙体系で「神(かみ)」は特別扱いされ、音読みも差別化された可能性。
日本語の語彙階層では、神=固有宗教語の中心語彙であったために、外来音(漢字音)を取り込む際に、「特別語」として音の差異性を強調する傾向がある。
例:
• 神(ジン)
• 霊(リョウ/レイ)
• 魂(コン/ゴン)
• 仏(ブツ)
しかしながら、、呉音だけ「ジン」の類似音となったものの、漢音は唐音系で濁音が弱いために、再び「シン」に戻った。
つまり先人のだれかが「神」の呉音「ジン」・漢音「シン」の現象を安易に踏襲して、「勘申」も「かん+ジン」と読み始めた結果、それが古代史研究者の特権的立場を維持することとなったと想像する。
早急に「勘申」は「かん+シン」だと訂正してはどうか。
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