天平2年正月13日、太宰帥大伴旅人の邸宅で開催された梅花の宴で詠まれた歌32首(万葉集巻5)は、次の特徴を有する。
(1)大宰府官人20名、大宰府所轄の五国2島の官人11名、観世音寺別当1名が作者であること
(2)万葉集第4期に集中していること
(3)全員が「園の梅」を鑑賞しつつ、「梅花を詠む」ことをテーマとしていること
座の中心にいる大伴旅人は、
*春さればまづ咲く宿の梅の花独り見つつや春日暮らさむ(巻5、818番歌)
*わが園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも(巻5,822番歌)
と詠む。『万葉集童蒙集』には、鋭い指摘がある。
「歌の詞もわがそのの梅の花散ると詠める、あるじならではよみがたき不挨拶の歌也」
と。
この歌の前半部には、
*梅の花今咲ける如散り過ぎずわが家の園にあるこせぬかも 小野太夫〔816番歌)
*青柳梅との花を折かざし飲みての後は散りぬともよし 笠沙彌(821番歌)
とあり、また、引き続く後半部に、
*梅の花散り乱ひたる園傍には鶯鳴くも春かた設けて 榎氏鉢麻呂(838番歌)
*春の野に霧り立ち渡り降る雪と人の見るまで梅の花散る 田氏真上(839番歌)
*春柳かづらに折りし梅の花誰か浮かべし酒杯の上に 村氏彼方 (840番歌)
*鶯の声聞くなへに梅の花吾家の園に咲きて散るみゆ 高氏老(841番歌)
*妹が家に雪かも降ると見るまでにここだも乱ふ梅の花かも 小野氏国堅(844番歌)
と謡う。
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―太宰帥大伴の卿の宅に宴してよめる梅の花の歌三十二首、また序
天平二年正月の十三日、帥の老の宅に萃ひて、宴会を申ぶ。時に初春の令月、気淑く風和ぐ。梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす。加以(しかのみにあらず)曙は嶺に雲を移し、松は羅を掛けて盖を傾け、夕岫に霧を結び、鳥はうすものに封りて林に迷ふ。庭には舞ふ新蝶あり、空には帰る故雁あり。是に天を盖にし地を坐にして、膝を促して觴を飛ばし、言を一室の裏に忘れ、衿を煙霞の外に開き、淡然として自放に、快然として自ら足れり。若し翰苑にあらずは、何を以てか情をのベむ。請ひて落梅の篇を紀さむと。古今それ何ぞ異ならむ。園梅を賦し、聊か短詠を成むベし。
以下、三十二首..
正月立ち春の来らばかくしこそ梅を折りつつ楽しき終へめ 大弐紀卿(815)
梅の花今咲けるごと散り過ぎず我が家の園にありこせぬかも 少弐小野大夫
梅の花咲きたる園の青柳は縵(かづら)にすべく成りにけらずや 少弐粟田大夫
春さればまづ咲く屋戸の梅の花独り見つつや春日暮らさむ 筑前守山上大夫
世の中は恋繁しゑやかくしあらば梅の花にも成らましものを 豊後守大伴大夫
梅の花今盛りなり思ふどち挿頭(かざし)にしてな今盛りなり 筑後守葛井大夫
青柳梅との花を折り挿頭し飲みての後は散りぬともよし 某官笠氏沙弥
我が園に梅の花散る久かたの天より雪の流れ来るかも 主人
梅の花散らくはいづくしかすがにこの城の山に雪は降りつつ 大監大伴氏百代
梅の花散らまく惜しみ我が園の竹の林に鴬鳴くも 少監阿氏奥島
梅の花咲きたる園の青柳を縵にしつつ遊び暮らさな 少監土氏百村
打ち靡く春の柳と我が屋戸の梅の花とをいかにか分かむ 大典史氏大原
春されば木末(こぬれ)隠りて鴬ぞ鳴きて去ぬなる梅が下枝に 少典山氏若麻呂
人ごとに折り挿頭しつつ遊べどもいやめづらしき梅の花かも 大判事舟氏麻呂
梅の花咲きて散りなば桜花継ぎて咲くべく成りにてあらずや 薬師張氏福子
万代に年は来経(きふ)とも梅の花絶ゆることなく咲きわたるべし 筑前介佐氏子首
春なればうべも咲きたる梅の花君を思ふと夜寐も寝なくに 壹岐守板氏安麻呂
梅の花折りて挿頭せる諸人は今日の間は楽しくあるべし 神司荒氏稲布
年のはに春の来らばかくしこそ梅を挿頭して楽しく飲まめ 大令史野氏宿奈麻呂
梅の花今盛りなり百鳥の声の恋(こほ)しき春来たるらし 少令史田氏肥人
春さらば逢はむと思(も)ひし梅の花今日の遊びに相見つるかも 薬師高氏義通
梅の花手折り挿頭して遊べども飽き足らぬ日は今日にしありけり 陰陽師
春の野に鳴くや鴬なつけむと我が家の園に梅が花咲く 算師志氏大道
梅の花散り乱(まが)ひたる岡びには鴬鳴くも春かたまけて 大隅目榎氏鉢麻呂
春の野(の)に霧立ちわたり降る雪と人の見るまで梅の花散る 筑前目田氏眞人
春柳かづらに折りし梅の花誰か浮かべし酒坏の上(へ)に 壹岐目村氏彼方
鴬の音聞くなべに梅の花我ぎ家の園に咲きて知る見ゆ 對馬目高氏老
我が屋戸の梅の下枝に遊びつつ鴬鳴くも散らまく惜しみ 薩摩目高氏海人
梅の花折り挿頭しつつ諸人の遊ぶを見れば都しぞ思ふ 土師氏御通
妹が家に雪かも降ると見るまでにここだも乱(まが)ふ梅の花かも 小野氏国堅
鴬の待ちかてにせし梅が花散らずありこそ思ふ子が為 筑前拯門氏石足
霞立つ長き春日を挿頭せれどいやなつかしき梅の花かも 小野氏淡理
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