大宰府学の勧め 

2026年5月28日木曜日

下総国「水上交通国家」論の提出ーー香取海・利根川・東京湾を中心に

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以下は、 沖松信隆「千葉県における縄文時代丸木舟の出土例について」 に全面的に依拠したことをあらかじめお断りしておきたい。  まず、縄文時代の丸木舟は、『千葉県史』によれば、 「弥生時代以降を除 く縄文時代の出土例は、時期不明を合わせて100例以 上になる(鈴木・山岸 2004)...

古代大隅地域の沿岸交流圏(志布志湾〜日向灘〜大隅沿岸)に関する仮説

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 本稿の目的は、古代における大隅地域の沿岸交流圏(志布志湾〜日向灘〜大隅沿岸を中心として)に関する仮説を提出することにある。 (1)前提条件 1, 船: 全長6.5m級の丸木船(人力・沿岸航行) 2, 速度: 巡航 4 〜 6  km/h 3、 1日行程   20 〜 30 ...
2026年5月14日木曜日

相模国司リスト(『続日本後紀』版)→承和7年「相摸國大住郡大領外從七位上壬生直廣」の善状時

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 相模国司リスト(『続日本後紀』版) 1, 《承和元年(八三四)正月癸亥【十二】》   「 參議從四位上藤原朝臣常嗣爲兼相摸守右大辨如故。」 2, 《承和元年(八三四)正月丁卯【十六】》 「 參議正四位下兼行相摸守臣三原朝臣春上」 3, 《承和元年(八三四)正月庚午【十九】》  ...

江戸時代、高木善助のメモーー伝道真筆「紫紙金字法華経」が北九州でゴミ扱い

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紫紙金字法華経断簡が捨てられずに、保管されたことに関するエピソードが伝わっている。江戸時代の商人高木善助が彼の旅日記に書き残している。 この 紫紙金字法華経は太宰府天満宮へ奉納されたという。 ================= 紫紙金字法華経断簡 ししきんじほけきょうだんかん 「...
2026年5月13日水曜日

相模国大住郡の大領壬生直広主の窮民に対する行為は、「慈善事業」か?

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 1)本稿の問題の所在: 大住郡大領外從七位上壬生直廣主の調庸代納は善行か? 「 《巻9承和7年( 840 )二月壬申【廿五】》○壬申。相摸國大住郡大領外從七位上壬生直廣主。代窮民輸私稻一萬六千束。戸口増益五千三百五十人此善状。 借 外從五位下。」(『続日本後紀』巻9)  この記...

防人ら部領使に率いられたパレードは?

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 律令時代、防人たちは東国で招集され、部領使に引率されて、難波に向かう。 彼らはバラバラに行進したわけではなく、 *2駅ごとに、つまり約32キロメートル(16キロメート×2) に移動しては、古代史家にとっては常識であろうが、念のために国文学者の方々への補足説明のために付記する。そ...

相模国司牒の写真資料の紹介<参考資料、早稲田大学図書館所蔵>

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  <参考資料> 相模国司牒 ↑画像をクリック(Click here) 請求記号 Call No. リ05 03740 0002 0005 タイトル Title 相模国司牒 sagami kokushi chō ●このタイトルで早稲田大学蔵書目録を検索(OPAC title se...
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