冒頭でのお願いーー「相模」と「相摸」の表記に関しては、「相摸」を採用したい。しかし、我が貧弱なコンピュータリテラしーを考えると、便宜上「相模」を表記する。
1)相模の読み
古名は「さがむ」(「佐泥佐斯 佐賀牟能袁怒迩 毛由流肥能 本那迦邇多知弖 斗比斯岐美波母」<記歌謡24>。「Sagamu→Sagami」への母音交代は、古代日本語では
神(Kamu > Kami を例証としたい。
例えば、神風:Kamu+風>Kami+風
最古の例とは断定できないものの、『古事記』中巻に
「加牟加是能 伊勢能宇美能 意斐志爾 波比母登富呂布 志多陀美能 伊波比母登富理 宇知弖志夜麻牟」
などとある。
2)
上記の考察で、「さがみ」の古形は「さがむ」であったとするのが、わが仮説の出発点である。『先代旧事本紀』「国造本紀」に見る「相武国造」もその漢字表記であった。
まず、酒匂を「さかわ」ではなく、現在、姓や地名で「 さこう」という読みから、我々の調査を進めていきたい。なぜなら、本来であれば、「酒匂」だけでよいものの、我々の考察が終わってから、いや「さこう」という形をどのように説明するのかと不要なチャチャを入れる方がおいでだからである。
①河野 かわの Kawa+no →Kä+No →K/øː/+No →こうの
②河内 かわち kawachi →Kä+chi →K/øː/+Chi →こうち
このふたつの平行事例から判明するように、子音音「W」の弱化現象とともに、a の長母音化「 ä 」が発生。「ä + o 」の母音連続で、「o+o」→/øː/(o の長母音)の母音へと交代する。したがって、酒匂にしても
③酒匂 さかわ SaKaWa → SaKa+a →SaK+ä → Sak+/øː/(o の長母音)
へと至るという、日本語史で典型的な子音変化をたどった音韻学的変化があるので、この「さこう」形であれ、「さかわ」形であれ、古形は「さか+わ」であると理解できよう。
3)これまでの(1)と(2)の調査を通して、確認をしたかったのは、相模と酒匂の2単語に共通する
*語根 Saka
の取り出しであった。Sakaを語根に持つ語彙として
*さかひ(Saka)+ 合ひ(Afi) → Saka+Fi →意味(区画をつける、境界を決める)
*仮説:Sakaは「境界」の意。
つまり、 東海道ルートでのヤマト王権の東国進出時に、既知の駿河国と未知の東国の境界に位置する箱根の峠をイメージすると理解する。駿河国側から見れば箱根、相模国側から見れば足柄であった。
次に考察すべきは、相模=「さがみ」の古形「さがむ」の 「さか+Mu」の「Mu」である。
我々の目には、『日本書紀』の
*「斉明天皇紀2年「田身嶺、冠以周垣田身山名、此云大務」
が飛び込む。つまり「身と務」である。
‐「身中化為中山祗〈身中 牟久呂〉(神代紀上。私記乙本)
などで傍証できるように、「さか+む」が古形であると考えて間違いない。
しかしながら、肝心な「む」の意味が皆目わからない。「武蔵(Mu+さし)」との関連も伺わせるが、それも根拠のない話である。
『倭名類聚抄』高座郡の項では、
*大庭郷:於保無波+郷
と読めという。「於保=大」だとしても「無+波=Mu+場」の図式を適用できるとすれば、そのMuは何だろうか。すぐさまの反論として、「NI→Mu」の通音だという古代史家の常套句に出くわすだろうが、それが正解ではないことは、当方も反論を準備した上での「思いつき」である。
後考を俟ちたい。
追伸)信濃の「金刺(サシ)」と「武蔵(サシ)」とは無関係であろうか。
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